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キングスレイヤー序  作者:
第1章 再誕と観測者

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48. 乱入者と小さな恋心

 ある曇りの日の合同訓練。

 いつものように自警団員の子供たちが整列する中、一人の少年が教官である兵士の前に進み出た。

 ロバーソンだった。


「……訓練に、入れてくれ」


 兵士は眉を上げた。

 ロバーソンが農家の息子であることは知っている。

 本来、この訓練は森の仕事に従事する狩人や木こりの子供が優先されるものだ。


「農家の仕事はどうした? 遊びでやるなら帰れ」


 兵士の威圧的な言葉にも、ロバーソンは一歩も引かなかった。


「仕事は終わらせた。……強くなりたい」


 その瞳に宿る、子供らしからぬ暗い炎。

 歴戦の兵士である教官は、それが単なる憧れや興味ではないことを瞬時に見抜いた。


「……基礎訓練だけだ。ついてこられなくなっても助けはしないぞ」


 許可が出ると、ロバーソンは黙って列の最後尾についた。

 だが、訓練が始まると周囲の空気は変わった。

 走り込み、丸太担ぎ、素振り。

 長年の重労働と、アーノルとの裏での特訓で培われたロバーソンの体力は、同年代の子供たちを遥かに凌駕していた。

 サワノですら息を上げている中、ロバーソンだけは顔色一つ変えず、黙々とメニューをこなしていく。


 その姿を、膝に手をつき、荒い息を吐きながら見つめる者がいた。

 メイシーだ。

 同じ 10歳とは思えない圧倒的なタフさと、槍を構えた時の鋭い気迫。

 自分のような弱々しい落ちこぼれとは、生きている世界が違うようにさえ見えた。


 休憩時間、メイシーはおずおずとロバーソンに近づいた。


「あ、あの……ロバーソン君、だよね」


 ロバーソンが水筒を置き、無言でメイシーを見る。


「す、すごいね。僕なんて立ってるだけでやっとなのに……どうやったら、そんなに強くなれるの? 僕も……強くなりたいんだ」


 メイシーの声は震えていたが、その瞳は真剣だった。

 メイシーの中には、父を殺された悔しさが今も心の中にもある。

 けれど、目の前のロバーソンから漂うのは、もっと壮絶な何かだった。

 あの日、村人が虫けらのように殺されるのを目の当たりにし、何もできなかった己の無力さへの激しい憤り。

 メイシーにはその全貌までは分からなかったかもしれない。

 だが、ロバーソンという少年のあまりに誠実な性格は、理不尽な暴力と無法を決して許せないという「義憤」に、今も静かに燃え続けていたのだ。


 ロバーソンは、メイシーの震える拳と、必死に涙を堪える瞳をじっと見つめた。

 そこに、かつて泣きながら地面を叩いていた自分の姿が重なったのだろう。

 彼は短く息を吐くと、少しだけ声音を緩めて言った。


「……一人じゃ、無理だった」


「え?」


 ロバーソンは視線をずらし、離れた場所で休憩していたアーノルの方へ顎をしゃくった。


「あいつに頼め。俺の強さは、全部あいつが作った」


 メイシーは呆気にとられ、ロバーソンの視線の先を追った。

 そこには、木陰で汗を拭っているアーノルがいた。

 見習い木こりの、どこにでもいそうな少年。

 体格も普通で、ロバーソンのような鬼気迫るオーラもない。

 訓練でも、今のところ目立った動きは見せていなかった。


(……アーノル君が? まさか……)


 メイシーは信じられなかった。

 この怪物のようなロバーソンを作り上げたのが、あの平凡に見える少年だというのか。

 だが、ロバーソンの瞳は嘘をついていない。

 メイシーはごくりと唾を飲み込み、意を決したようにアーノルへ歩み寄った。


「あ、あの……アーノル君」

「……何だ?」


 アーノルが顔を上げる。


「ロバーソン君が、君が彼を強くしたって……。本当なの? 僕にも、教えてもらえるかな……?」


 メイシーの必死な瞳。

 その奥に、アーノルは再びあの文字を見た。

 才能、瞬。


 まだ原石にもなっていない、未知の可能性。

 アーノルは小さく息を吐いた。


「……別に、大したことはしてない。ただ、あいつが死ぬ気でやっただけだ」


 否定はしなかった。

 その言葉に、メイシーの顔に僅かな驚きと、一筋の希望の光が灯った。


 その日の夕暮れ。

 いつもの森の境界での集まりに、小さな客人が現れた。


「ロバーソンお兄ちゃーん!」


 アーノルの妹、ケニだ。

 6歳になり、愛らしさがますます増している彼女が、重そうな水差しを抱えてトコトコと駆けてくる。

 本来、子供が一人で森の近くに来ることは禁じられている。

 だが、彼女の後ろには、砦の門番を務める強面の兵士が一人、苦笑いを浮かべながら付き添っていた。


「ったく、お前の妹さんには勝てないな、アーノル」


 兵士は降参したように肩をすくめた。

 どうやらケニは、二人いる門番のうち一人に、「お兄ちゃんたちにお水を届けたいの、お願い!」と、その愛らしさを爆発させて懇願したらしい。

 その必殺の笑顔に、歴戦の兵士もあえなく陥落し、護衛としてここまでついて来たのだ。


「ロバーソンお兄ちゃん! お水、持ってきたよ!」


 ケニは兄であるアーノルを素通りし、真っ直ぐにロバーソンへと水差しを差し出した。


「……ん。悪い」


 ロバーソンは汗を拭いながら、短く礼を言って水を受け取る。

 ただそれだけのやり取りだが、ケニの頬は林檎のように赤く染まり、その目はキラキラと輝いていた。


(……おいおい、マジかよ)


 アーノルは呆気にとられた。

 無口で愛想がなく、常に殺気のようなものを纏っているロバーソン。

 普通の子供なら怖がって近寄らないような彼に、まさか自分の妹が恋心を抱くとは。

 だが、ケニにとっては、その「強くて静かな姿」が頼もしく、誰よりも格好良く映っているようだった。


「ロバーソンお兄ちゃん、槍、すごーい!」


 ケニが無邪気に跳ね回る。

 ロバーソンは困ったように眉を少し動かしたが、邪険にすることはなく、黙ってケニの頭をポンと撫でた。

「きゃっ」と嬉そうに声を上げるケニ。


 過酷な運命と、復讐への暗い執念が渦巻く彼らの日常の中で、その光景だけは奇妙に温かく、そしてアーノルにとっては少しだけ頭の痛い、新たな悩みの種となった。



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