46. 木こりの仕事と無言の憤り
見習いとしての初日、アーノルは父ガリオンに連れられ、村の北に広がる黒鉄の森へと足を踏み入れた。
そこは、その名の通り鉄のように硬い樹皮を持つ巨木が立ち並ぶ場所だった。
「……よく見ておけ」
父の言葉は短い。
アーノルは離れた場所から、大人たちが黒鉄の木に斧を振るう様子を見学する。
カンッ、カンッ、と鋭い音が響き、斧と樹皮がぶつかるたびに火花が散る。
熟練の木こりたちが呼吸を合わせ、特殊な角度で刃を入れなければ、決して倒すことのできない硬度。
それはまだ、10歳のアーノルには到底手が出せない、職人の領域だった。
昼頃、ついにその時が訪れた。
「倒れるぞー!」
大人たちの太い叫び声が響き渡る。
見上げると、あの頑強な黒鉄の巨木が、ゆっくりと傾き始めていた。
倒れる方向は完璧にコントロールされており、作業の邪魔にならない森の奥側へと、ズシンと地響きを立てて横たわった。
その後、父はアーノルを村の西にある森へと連れて行った。
こちらは普通の木々が生い茂る森だ。
薪や一般的な建材として使う木を切るのも、木こりの重要な仕事だ。
アーノルはここで、木の倒れる方向の読み方や、枝払いの手順を教えられた。
だが、ガリオンの仕事は木を切るだけではなかった。
「……罠だ。足元に気をつけろ」
父は森の獣道に、自作の罠を仕掛けていた。
木こりでありながら、ガリオンは狩りの腕も一流だった。
仕掛けた罠を確認して回ると、猪や野兎がかかっていることがある。
父は慣れた手つきで獲物を解体し、あるいは新たな罠を慎重に設置していく。
アーノルはその一挙手一投足を、息を殺して見守った。
獲物をぶら下げて帰る道すがら、アーノルはふと、かつての光景を思い出した。
以前、父はこうして獲物が獲れると、その一部を持ってバテンの家を訪ねていた。
何も言わず、ただ玄関先に肉を置いて去る。
母に聞いた話では、バテンはかつて農業改革に尽力し、この貧しい村を豊かにしてくれた恩人だという。
父が獲物を届けていたのは、その功績に対する、父なりの不器用な礼だったのだ。
ガリオンは今、手にした獲物を黙って見つめている。
届けるべき相手は、もう4年も帰ってこない。
父の横顔は、いつものように無表情だった。
だが、その沈黙の奥底には、友を奪われ、恩人を理不尽な暴力によって連れ去られたことへの、煮えたぎるような憤りと、どうしようもない深い悲しみが渦巻いているのを、アーノルはなんとなく感じ取っていた。
父の大きな背中が、以前よりも少し小さく、寂しげに見えた。




