45. 10歳の境界線
そして、アーノルたちは10歳を迎えた。
この世界において、10歳は子供時代の終わりを告げ、大人への入り口に立つ節目だ。
これまでは家の雑用が主だったが、これからは見習いとして、親の仕事を本格的に学び始めることになる。
「アーノル、今日から森での仕事教える。ついてこい」
父ガリオンの言葉と共に、アーノルの生活は変化した。
いきなり巨木を切り倒すわけではない。
まずは枝払いや、手頃な薪の運搬、道具の手入れといった基礎からだ。
それでも、大人と同じ現場で汗を流す時間は、これまで遊び回っていただけの生活とは重みが違った。
それは仲間たちも同じだった。
ロバーソンは鍬を担いで畑仕事の一部を担い、ドンナもまた、家業である農業を手伝うために畑へ出るようになった。
マンダルは鍛冶場で鉄を打つための基礎を叩き込まれている。
朝から昼過ぎまでは仕事、その後も片付けや明日の準備。
かつてのように、朝から晩まで無邪気に遊び回る自由な日々は終わりを告げた。
それでも、仕事が終わった夕暮れ時。
まだ不慣れな労働で少し重くなった体を引きずりながら、彼らはいつもの場所へ集まった。
「……ふぅ。親父のやつ、金槌の振り方にうるさくてさ。腕がパンパンだ」
マンダルが大人びた苦笑いを浮かべながら、肩を回してやってくる。
隣のロバーソンは何も言わず、ただ疲れたように腰をさすっていた。
マンダルが「お前も絞られたんだろ?」と水を向けると、ロバーソンは短く答えた。
「……ああ。腰が入ってない、と」
見習いとしての仕事はまだ半人前で、労働時間も大人ほど長くはない。
けれど、社会の一員としての責任を少しずつ背負い始めた彼らの顔つきは、以前より少しだけ精悍になっていた。
彼らは武器を手に取る。
日々の仕事で体力を使い果たしていても、この日課だけは欠かさない。
アーノルは槍を振るうロバーソンを見た。
かつてのような無邪気な笑顔も、激情にかられた涙もない。
黙々と、教わった型の反復ではなく、より実戦的な突きを繰り返している。
その瞳の奥には、深海のように静かで、しかし決して消えることのない暗い炎が揺らめいていた。
それは殺気というよりも、自らの魂を焦がし続ける、執念に近い決意の光だった。
(……ロバーソンは、まだ見ているんだ。あの日の屈辱を、昨日のことのように)
アーノルは成長した自分の手を見つめる。
斧を握り始めたことで、掌には新たな豆ができ始めていた。
あの頃より確実に背も伸び、力もついた。
だが、心のどこかで「家族を守るためには、このまま村の一員として静かに生きる方がいい」という諦めが広がっているのも事実だった。
進み続けるロバーソンと、立ち止まるアーノル。
10歳という境界線を越え、見習いとしてそれぞれの道を歩み始めた少年たちの関係は、変わらないようでいて、少しずつその形を変えようとしていた。




