42. 独占の罠
ヨンドカ王都の地下牢。
冷たく湿った空気の中で、バテンは重い鎖に繋がれていた。
村を襲った惨劇から数日。
ろくな食事も与えられぬまま、バテンの前に現れたのは、国政を影で操るヌモン伯爵であった。
ヌモンは汚物を見るような目でバテンを一瞥すると、冷徹な声で本題を切り出した。
「……お前に拒否権はない。あの『琥珀酒』の製法をすべて書き記せ。そして今後、クルム村での醸造は一切禁ずる。あの酒は今後、王家……いや、私だけが管理する独占品となるのだ」
バテンは絶望に顔を歪めた。
あの酒は、アーノルの知恵と村の皆の汗が合わさってできた結晶だ。
それを奪われ、さらに村での製造を禁じられるなど、あまりに酷な宣告だった。
「……私の独断では、お答えできません」
バテンが必死に絞り出した言葉に、ヌモンの瞳が不気味に細められた。
その背後で、護衛のセハクが剣の柄に手をかける。
「お前が教えぬというのなら、それでも構わん。その代わり、お前が口を開くまで、クルム村の者を一人ずつ王都へ引っ張り出し、投獄するか処刑するか……好きに選ばせてやろう。ジャミル殿下なら喜んで手を貸してくださるはずだ」
「なっ……!」
バテンの背中に冷たい汗が流れた。
目の前の男は、本気だ。
自分一人の沈黙が、村の仲間の命を次々と奪っていく未来が、鮮明な恐怖となって襲いかかってくる。
「……待ってください。分かりました、話します。……話しますが、あれはただ手順を知ればできるものではないのです」
バテンは、震える声で訴えかけた。
「土作りから麦の選別、温度の管理まで、すべてに付きっきりで手をかけねば、あの琥珀色は生まれません。私がここで教える代わりに、どうか……どうか村に残った連中には、売るためではなく、自分たちで飲む分だけは造らせてやってください。それだけが、あの土地で生きる我々の唯一の……」
「黙れ。条件を出す立場か」
ヌモンは、バテンの必死の懇願を冷酷に遮った。
「すべてを吐け。村の分だと? そんなものは泥水で十分だ。王が望むのは、選ばれた者だけが口にできる至高の雫だ。お前はただ、そのための『道具』として、ここで死ぬまで働くがいい」
ヌモンはセハクに顎で指示を出し、バテンをより深い、醸造施設を備えた地下監獄へと移送させた。
バテンは引きずられながら、遠い空の下にいるアーノルや家族のことを思い、己の無力さに涙した。
一方、その報告を小耳に挟んだ第一王子ヴォルガは、監獄の入り口を見つめ、静かに拳を握っていた。
「……これが王家の正義だというのか」
奪われた知恵と、連行された醸造師。
王都の深い闇の中で、琥珀酒を巡る欲望は、さらに醜く膨れ上がろうとしていた。




