表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キングスレイヤー序  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/104

41. 凶行と沈黙の誓い

秋の夕暮れ、村を包んでいた穏やかな空気は、村の入り口に現れた異質な集団によって一変した。

 重厚な馬車を囲むのは、王都の精鋭兵たち。

 その先頭に立つのは、冷酷な眼光を放つ男、セハクだった。


 馬車の扉が開き、八歳の第二王子ジャミルが降り立った。

 ヌモン伯爵に「父上(国王)に最高の酒を献上すれば、陛下はたいそうお喜びになるでしょう」とそそのかされた彼は、功名心と残酷な本性に突き動かされていた。


「……ふん。こんな肥溜めのような場所に、本当に父上が望む酒があるのか?」


 ジャミルの傍らには、代官ゴーロック男爵が青ざめた顔で控えていた。


「殿下、ここは私の管轄です。どうか穏便に……」


「黙れ、男爵。父上が欲しいと言っているのだ。すべて差し出せ」


 ジャミルが残虐な笑みを向けると、護衛のセハクは無機質な笑みを浮かべ、音もなく剣を数センチ抜き放った。

 その威圧感だけで、居合わせた村人たちは呼吸を忘れた。


 ジャミルの合図とともに、兵士たちが乱暴に倉庫をこじ開けた。


「……これだけか」


 セハクが冷たく吐き捨てた。

 倉庫に残っていたのは、アサータクに売った残りの半分、さらに美味しくなるように寝かせている最中の15樽だけだった。


「残りはどこだ! 隠しているんだろう!」


 ジャミルが喚き散らす。

 そこへ、村の広場を守ってきた自警団員の一人が、震える声で前に出た。


「で、殿下……。残りはすでに商人に売却しており、これはさらに美味しくなるように寝かせているのです。どうか、どうかご慈悲を……」


「……殿下に直接話しかけるなど不敬な」


 セハクが呟くと同時だった。

 剣が閃き、一閃。

 自警団員の首が宙を舞い、地面を真っ赤に染めた。


「ひっ……!」

「あああああ!」


 村人たちの悲鳴が上がる。

 そのあまりに理不尽な死に、もう一人の自警団員が逆上し、声を上げた。


「貴様、よくも! 許さな――」


 セハクは表情一つ変えず、流れるような動作で踏み込んだ。

 目にも止らぬ速さで繰り出された刺突。

 男は反撃の隙すら与えられず、喉を貫かれ、あっさりと物言わぬ肉塊に変えられた。

 数秒前まで勇ましく声を上げていた男たちが、血溜まりの中に折り重なって沈んでいく。


「あはは! 見たか! セハク、お前は本当に強いな!」


 返り血を浴びて笑うジャミルの姿は、まさに狂気そのものだった。


 アーノルは、背後で震えるケニを抱き寄せながら、目の前で繰り広げられた惨劇を、ただその目に焼き付けていた。

 武器も持たない農民が、ただ「不敬」と見なされただけでゴミのように切り捨てられる現実。

 アーノルは奥歯を噛み締め、拳を血が滲むほど握りしめた。


「酒だけではない。これを作った者も連行せよ。父上が『いつでも飲めるようにしろ』と仰せだ」


 ジャミルの気まぐれな宣告により、バテンと数人の村人が捕らえられた。

 引きずられていくバテンを、アーノルは物陰から唇を噛み切らんばかりに見つめていた。


 略奪を終えた王子の隊列が、笑い声と共に去っていった。

 広場に残されたのは、荒らされた倉庫と、深い絶望。

 そして代官ゴーロック男爵の、無力感に満ちた溜め息だけだった。


 その夜、アーノルの自宅地下。

 二つの小樽だけが眠る冷暗所に、槍を携えたロバーソンが降りてきた。


 ロバーソンは何も言わなかった。

 ただ、その肩は激しく震え、握りしめた槍の石突きが床の石をガリガリと削っていた。

 見開かれた瞳からは、溢れんばかりの涙が絶え間なくこぼれ落ち、泥と血に汚れた少年の顔を濡らしている。


 アーノルもまた、言葉を発することはできなかった。

 胸の奥を焼き焦がすような怒りと、何もできなかった自分への悔しさが、喉を塞いでいた。


 バテンが連れて行かれた暗闇の先。

 命をゴミのように扱ったジャミルの笑い声。

 それらが、鼓動を打つたびに鮮明に蘇る。


 二人は、暗がりの中でただじっと向き合っていた。

 言葉にならない咆哮が、地下室の沈黙を震わせていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ