41. 凶行と沈黙の誓い
秋の夕暮れ、村を包んでいた穏やかな空気は、村の入り口に現れた異質な集団によって一変した。
重厚な馬車を囲むのは、王都の精鋭兵たち。
その先頭に立つのは、冷酷な眼光を放つ男、セハクだった。
馬車の扉が開き、八歳の第二王子ジャミルが降り立った。
ヌモン伯爵に「父上(国王)に最高の酒を献上すれば、陛下はたいそうお喜びになるでしょう」とそそのかされた彼は、功名心と残酷な本性に突き動かされていた。
「……ふん。こんな肥溜めのような場所に、本当に父上が望む酒があるのか?」
ジャミルの傍らには、代官ゴーロック男爵が青ざめた顔で控えていた。
「殿下、ここは私の管轄です。どうか穏便に……」
「黙れ、男爵。父上が欲しいと言っているのだ。すべて差し出せ」
ジャミルが残虐な笑みを向けると、護衛のセハクは無機質な笑みを浮かべ、音もなく剣を数センチ抜き放った。
その威圧感だけで、居合わせた村人たちは呼吸を忘れた。
ジャミルの合図とともに、兵士たちが乱暴に倉庫をこじ開けた。
「……これだけか」
セハクが冷たく吐き捨てた。
倉庫に残っていたのは、アサータクに売った残りの半分、さらに美味しくなるように寝かせている最中の15樽だけだった。
「残りはどこだ! 隠しているんだろう!」
ジャミルが喚き散らす。
そこへ、村の広場を守ってきた自警団員の一人が、震える声で前に出た。
「で、殿下……。残りはすでに商人に売却しており、これはさらに美味しくなるように寝かせているのです。どうか、どうかご慈悲を……」
「……殿下に直接話しかけるなど不敬な」
セハクが呟くと同時だった。
剣が閃き、一閃。
自警団員の首が宙を舞い、地面を真っ赤に染めた。
「ひっ……!」
「あああああ!」
村人たちの悲鳴が上がる。
そのあまりに理不尽な死に、もう一人の自警団員が逆上し、声を上げた。
「貴様、よくも! 許さな――」
セハクは表情一つ変えず、流れるような動作で踏み込んだ。
目にも止らぬ速さで繰り出された刺突。
男は反撃の隙すら与えられず、喉を貫かれ、あっさりと物言わぬ肉塊に変えられた。
数秒前まで勇ましく声を上げていた男たちが、血溜まりの中に折り重なって沈んでいく。
「あはは! 見たか! セハク、お前は本当に強いな!」
返り血を浴びて笑うジャミルの姿は、まさに狂気そのものだった。
アーノルは、背後で震えるケニを抱き寄せながら、目の前で繰り広げられた惨劇を、ただその目に焼き付けていた。
武器も持たない農民が、ただ「不敬」と見なされただけでゴミのように切り捨てられる現実。
アーノルは奥歯を噛み締め、拳を血が滲むほど握りしめた。
「酒だけではない。これを作った者も連行せよ。父上が『いつでも飲めるようにしろ』と仰せだ」
ジャミルの気まぐれな宣告により、バテンと数人の村人が捕らえられた。
引きずられていくバテンを、アーノルは物陰から唇を噛み切らんばかりに見つめていた。
略奪を終えた王子の隊列が、笑い声と共に去っていった。
広場に残されたのは、荒らされた倉庫と、深い絶望。
そして代官ゴーロック男爵の、無力感に満ちた溜め息だけだった。
その夜、アーノルの自宅地下。
二つの小樽だけが眠る冷暗所に、槍を携えたロバーソンが降りてきた。
ロバーソンは何も言わなかった。
ただ、その肩は激しく震え、握りしめた槍の石突きが床の石をガリガリと削っていた。
見開かれた瞳からは、溢れんばかりの涙が絶え間なくこぼれ落ち、泥と血に汚れた少年の顔を濡らしている。
アーノルもまた、言葉を発することはできなかった。
胸の奥を焼き焦がすような怒りと、何もできなかった自分への悔しさが、喉を塞いでいた。
バテンが連れて行かれた暗闇の先。
命をゴミのように扱ったジャミルの笑い声。
それらが、鼓動を打つたびに鮮明に蘇る。
二人は、暗がりの中でただじっと向き合っていた。
言葉にならない咆哮が、地下室の沈黙を震わせていた。




