39.商人の驚愕と板バネの真価
数日後。
アサータクがやってきた。今回はいつもの荷馬車ではない。
「やあ、アーノル君! 約束通り、仲間を連れてきたよ!」
彼が引き連れてきたのは、頑丈な荷馬車を3台連ねた小規模な商隊だった。
「おじさん、大掛かりだね」
「君の手紙に『最高級の酒ができた』なんて書いてあるからだ! 仕入れの準備は万端だぞ」
アサータクは興奮気味に馬車から飛び降りた。
そして、倉庫に案内され、試飲の一杯を口にした瞬間――彼は崩れ落ちそうになった。
「…………神よ」
その反応は、村の職人たち以上だった。
「これは……酒じゃない。液体の宝石だ。……これを本当にこの村で作ったのか?」
「ええ。僕には苦くて飲めませんけど、父さんたちは大絶賛してます」
「買う! あるだけ全部買うぞ!!」
「ダメですよ。村の分も必要ですから。……約束通り、15樽をお譲りします」
「15樽か……! くぅ、惜しいが仕方ない」
アサータクは悔しがったが、すぐに真剣な顔で荷台の「仕掛け」を指差した。
「実を言うとな、15樽もの酒を運ぶのは命懸けなんだ。普通の馬車なら、重さと振動で樽が割れて中身が漏れるか、車軸がへし折れる」
馬車一台につき5樽。重量にして数百キロ。
泥道を走れば、その衝撃は凄まじいものになる。
「だが、君がくれたこの『板バネ』があるから、俺は強気になれた。これのおかげで、重い液体を運んでも荷台が跳ねない。……アーノル君、君の発明がこの商売を可能にしたんだ」
積み込みが始まった。
黒鉄の板バネがギシッと軋み、グッと沈み込むが、見事に重量を支え、衝撃を吸収している。
アサータクは、この村の年収数年分に相当する金貨と、注文していた本、そしてロバーソンへの差し入れ(少し良い肉の燻製と小さな革鎧)を置いていった。
「アーノル君。この酒は『クルムの琥珀』として、俺が責任を持って王都の裏ルートで流行らせる。……大金持ちになる準備はしておけよ?」
アサータクはウィンクをして、黄金を積んだ車列と共に去っていった。
その背中を見送りながら、アーノルは手に入った資金の使い道を計算していた。
すべては順調。
順調すぎるほどに。
アーノルは去りゆく馬車ではなく、冬の空気が漂い始めた北の空を見上げた。




