37.職人の意地とAランクの輝き
その日の午後。
村の共同倉庫の一つを貸し切った「熟成庫」には、芳醇な香りが充満していた。
そこには、ずらりと並んだ30樽の酒樽が鎮座している。
「……村に二人しかいない樽職人が、死に物狂いで作った成果だな」
バテンが樽を愛おしそうに叩きながら言った。
「ああ。麦はもっとあったけど、容器がこれが限界だった」
アーノルが頷く。
バテンの【農王】スキルで最高品質の麦は確保できたが、液体を漏らさない頑丈な樽を作れる職人は村に二人しかいない。彼らが春からフル稼働して、なんとか30個を揃えたのだ。
「だが、中身は完璧だぞ」
バテンが手前の樽からひしゃくで琥珀色の液体を掬い上げる。
「ほら、アーノル。言い出しっぺのお前が最初に毒味しろ」
「……お手柔らかに頼むよ」
アーノルは陶器のカップを受け取り、その美しい黄金色を眺めてから、恐る恐る口に含んだ。
「…………」
瞬間、顔が梅干しのように歪んだ。
「……うぐっ! 苦い! 喉が焼ける……!」
舌を刺すアルコールの刺激と、ホップ代わりの香草の強烈な苦味。
香りは良いが、6歳の子供の敏感な舌には、それはただの「刺激の強い泥水」でしかなかった。
「ぶははは! なんだその顔は! まだガキには早かったか!」
バテンが腹を抱えて笑う。
そこへ、味見役として呼ばれたガリオンや、村の長老たちが集まってきた。
「どれ、ワシらにも飲ませてみろ」
彼らは半信半疑でカップを回し飲みし――そして、目を見開いて絶句した。
「……なんじゃこれは」
長老の手が震えている。
「美味い……! 雑味がまるでねぇ。水の如く入ってきて、腹の底から麦の甘みが爆発しやがる!」
「こんな酒、王都の貴族様でも飲んだことねぇぞ! まるで天使の飲み水だ!」
大人たちは顔を見合わせ、やがて歓喜の雄叫びを上げた。
アーノルは涙目で水を飲みながら、その評価を冷静に分析した。
(僕には毒にしか思えないけど……大人の反応を見る限り、市場価値は『Aランク』……いや、もしかしたらそれ以上いくかもしれない)
30樽の黄金。
数は少ないが、その希少価値は計り知れない。




