35.黄金の麦と商人の皮算用
そして、商談の本番はここからだ。
アーノルはバテンを呼び寄せた。
「今回は、これを見てください」
バテンが麻袋を開くと、そこには黄金色に輝く麦が詰まっていた。
農王のスキルで土壌改良され、厳選された最高品質の麦だ。
「いい麦だ。粒が大きく、揃っている。……だが、ただの麦か?」
「いいえ。これで今、バテンさんと『特別なもの』を仕込んでいるんです」
アーノルは、小屋の奥にある温度管理された発酵樽を指差した。
「この麦と、綺麗な水で作る琥珀酒です。まだ発酵の途中なので飲めませんが……上手くいけば、次の秋におじさんが来る頃には、最高の酒が出来上がっていますよ」
バテンが樽の蓋を少しだけ開けると、ふわりと甘く芳醇な香りが漂い出た。
まだ完成していないにも関わらず、その香りはアサータクの鼻腔をくすぐり、商人の勘を強烈に刺激した。
「……ほう。この香り、ただのエールじゃないな?」
「ええ。雑味を取り除き、透き通るような黄金色の酒になる予定です。王都の貴族が飲んでいるワインなんかより、ずっと美味くなりますよ」
アサータクの目が、カッと見開かれた。
彼の脳内で、黄金色の硬貨が積み上がる音が聞こえたようだった。
「素晴らしい! さすがはアーノル君だ。その酒、完成したら俺が全て買い取ろう!」
アサータクは興奮気味にまくし立てた。
「王都では今、新しい嗜好品が求められているんだ。そんな極上の酒があれば、飛ぶように売れるぞ! 貴族たちは見栄っ張りだからな、美味くて珍しいものには糸目をつけない」
「ええ、ぜひお願いします」
アサータクは豪快に笑った。
「ハハッ! 楽しみが増えたな。俺はこれでも国を跨ぐ商人だぞ? 上手いこと売り捌いてやるさ。君たちは作ることに専念してくれればいい。……ああ、次の秋が待ち遠しい!」
アサータクは上機嫌だった。
彼には、この商品が持つ莫大なポテンシャルしか見えていなかった。
この極上の酒が、どれほどの富を村にもたらしてくれるのか、期待に胸を膨らませていたのだ。
「期待してますよ、おじさん」
アーノルもまた、アサータクの自信満々な態度に安心していた。
板バネで腰の痛みが消えたアサータクは、相場よりかなり良い値で麦と試作石鹸を買い取り、さらにアーノルが欲しがっていた数冊の本と、ガラス瓶などの実験器具を置いて去っていった。
快適に揺れる馬車を見送りながら、アーノルは手に入れた金貨の重みを感じていた。
これで、次への準備ができる。
秋には酒が完成する。そうすれば、もっと大きな金が動くはずだ。
アーノルたちは、輝かしい未来を信じて、希望に満ちた春を迎えていた。




