30.静かなる闘志とポンコツな未来視
「……ん」
早朝の凍てつく森の入り口。
ロバーソンは短く息を吐くと、無言で右腕を振り抜いた。
ヒュッ。
放たれた小石が、風切り音と共にアーノルの額めがけて飛来する。
(――見えろ!)
アーノルは右目に意識を集中させるが、視界は沈黙したままだ。
「くっ!」
寸前で首をすくめるが、避けきれない。石はアーノルの髪を掠め、背後の木にカツンと乾いた音を立てて当たった。
アーノルはバランスを崩し、無様に尻餅をついた。
「……遅い」
ロバーソンは表情を変えず、淡々と事実だけを口にした。
彼は6歳にしては異様なほど口数が少ない。だが、その瞳には強い光が宿っている。
かつてはただの村の子供だったが、アーノルが大人びた知識や修練を持ち込むのを見て、彼の中で何かが変わり始めていた。
「痛ったぁ……。容赦ないな、ロバーソン」
「お前が、『本気でやれ』と言った」
ロバーソンは泥だらけの手を差し伸べた。その手は、子供特有の柔らかさが消えかけ、硬いマメができ始めている。
「……なあ、アーノル」
アーノルを引き起こしながら、ロバーソンがボソリと呟いた。
「木こりになるのか?」
「……まあ、多分ならないな」
「本を読んだり、変な動きの練習をしたり……。みんな『変わってる』って言うけど」
ロバーソンはそこで言葉を切り、じっと自分の拳を見つめた。
「俺は、いいと思う。……お前を見てると、俺もなっていい気がしてくる」
その言葉に、アーノルはハッとした。
この閉鎖的な村では、親の仕事を継ぐのが当たり前だ。木こりの子は木こりに、農民の子は農民に。
だが、自分の行動が、知らず知らずのうちにこの少年の価値観の枠を壊していたのだ。
「……俺、なりたいものがあるんだ」
ロバーソンの瞳が、森の奥にある砦の方角を向いた。
「自警団に入りたい。……もっと強くなって、父ちゃんや母ちゃんを、俺が守るんだ」
静かだが、鋼のような意思が込められた宣言だった。
6歳の子供の夢物語ではない。彼は本気で、そのためにこの過酷な修練に付き合っているのだ。
「……そっか。なら、もっと強くならないとな」
「ん。……だから、次。サボるな」
ロバーソンは再び石を拾い上げた。
その背中は、以前よりもずっと大きく、頼もしく見えた。




