3 農王
転生して数週間。 俺はこの村を詳しく調査しようと考えていた。 家の手伝いをしてから昼過ぎに遊び出す毎日だが、生活圏が狭すぎて、村の広さも人口もさっぱりわからない。不自然な質問をして怪しまれないよう、自分の足で情報を集めるつもりだ。
だが、最大の壁は3歳の妹・ケニだった。 「おにーちゃん、はーな! おはな、きれい!」 「むーし! むーしいたよぉ!」
道端の花や虫にいちいち全力で反応するケニは、まさに「魅力」スキルの塊だ。その無邪気な笑顔は最高に可愛らしいが、調査の足を止める天才でもある。十歩進むのに何分もかかるようでは、村の端まで行く前に日が暮れてしまう。
そこで俺は、隣家のドンナに取引を持ちかけた。 「ドンナ、今日ケニを預かってよ。その代わり、次は俺がドンナの妹のルンナを絶対見てあげるから」
お姉さんぶるのが好きな5歳のドンナは、ふんぞり返って答えた。 「いーわよ! アーノル、ちゃんとお礼してよね!」 よし、交渉成立だ。
「ケニ、今日はお友達と遊んでな。いい子にできるか?」 「うん! ケニ、いいこー!」
俺の返事もそこそこに、ケニは大好きなルンナを見つけるなり「ルンナー!」と叫んでトコトコ走り出した。繋いだ手を離されるのは少し寂しいが、今は自由が優先だ。
「行くぞ、ロバーソン」 「……うん。いいよ」
俺たちは村の中央広場を抜け、未知の東地区へ向かった。商店や教会を横目に、村の東端を目指す。 道の脇、小さな畑で土をいじっている老人がいた。この村では珍しい高齢者だ。俺は即座に「見る力」を使った。
バテン(58歳) 【能力】農王 戦闘:E / 頭脳:D / 器用:C / 幸運:D / 魔力:F
(農、王……だと?) これまで見てきたのは「農家」ばかり。だが、この老人は「王」を冠する固有スキルを持っている。俺は子供らしく元気な挨拶を投げかけた。
「こんにちは! おじいさん!」 「誰じゃ」 老人は顔も上げない。地を這うような冷たい声だ。
「アーノルです!」 「知らん。去れ」
開始早々の門前払い。だが、隣のロバーソンがぽつりと言った。 「ポポの子、ロバーソンです」
「……あのはなたれ小僧の息子か」 バテンの眉間のシワが、わずかに緩んだ。やはりコネが最強か。俺も親父の名前を出してみる。
「ガリオンの子、アーノルです」
その瞬間、バテンが作業を止め、俺の顔をじっと見つめた。 「ガリオンの子か。ふんっ、何の用だ」
なぜか親父の名前には反応があった。何か関係があるのだろうか。 とりあえず会話の糸口は見えた。だが、そこからはロバーソンがさらに懐に入り込む。 「その丸いの、なに?」 「芋だ」 「たべられる?」 「ああ。うまいぞ」 「おいしい?」 「ああ、美味い野菜だ」 「僕にも作れる?」 「作れる」
ロバーソンの無邪気な質問攻めに、バテンは淡々と答え続けている。 俺はここぞとばかりに切り出した。 「おじいさん! 僕たちに農業を教えてください!」
バテンの目が、再び険しくなった。 「お前は木こりの子供だろうが。帰れ」
拒絶。あまりにも明確な、職業による線引きだ。 (親父の名前で話は聞いてくれたが、それとこれとは別か。この村じゃ、親の仕事を継ぐのが絶対の掟なんだな。)
バテンは再び畑に向き直り、俺たちを無視し始めた。 「……アーノル、今日は帰ろう」 ロバーソンに袖を引かれ、俺は頷くしかなかった。 「ありがとうございました。さようなら」 「……また来るね」
帰り道、ロバーソンが不思議そうに聞いてきた。 「アーノル、なんで農業? 木こりの子供は、木こりになるんじゃないの?」
「……農業は大事だろ。知っておきたいんだよ」
ロバーソンは理解できないという顔をしていた。 だが、俺の「眼」には見えている。あの「農王」という規格外のスキル。
(木こりの息子という立場をどう言い訳すれば、あの頑固ジジイは首を縦に振るのか……。)
西の空が赤く染まっていく。 5歳の短い足で家路を急ぎながら、俺は「農王」の知識を掠め取るための作戦を練り始めた。




