27.聖域の愉快な管理者
『ポルム様です』
その名前に、アーノルは眉を動かした。
ポルム。この国では「ポルム教」の信仰対象として、その名を知らぬ者はいない。
「……ポルムって、あのポルム教の? なら、奴らはここに来るのか?」
『肯定します。ポルム教の上層部において、ポルム様の直系の血統を受け継ぐ者のみが、この場所への入室権限を持っています』
「……入れる奴がいるのか」
アーノルは顔を引きつらせた。
『はい。現在、この部屋への正規アクセス権を持つ生存者は、2名のみです』
「2名? 少ないな……いや、逆にリアルで怖い数字だな」
『彼らは不定期にここを訪れ、過去のデータを閲覧し、満足して帰っていきます。ちなみに、直近の訪問確率は本日午後が40%と算出されています』
「高っ!? 帰る、今すぐ帰る!」
アーノルは弾かれたように立ち上がった。
鉢合わせしたら終わりだ。神聖な場所にいる「薄汚い村の子供」なんて、問答無用で消されるに決まっている。
「おい、システム。もし今、その2人のどっちかが入ってきて、僕を見つけたらどうなる?」
『推測される結末は一つです。あなたは「不浄なる侵入者」として即座に物理的に排除――ミンチにされるでしょう』
「言い方!」
『ポルム教は教義のためなら、掃除も殺人も実に熱心ですからね。見つかれば大変なことになりますが、まあ、ドンマイです』
「ドンマイで済むか!」
システムの声は無機質なのに、どこか他人事のような軽さがあった。
まるで、数百年ぶりのマスターとの会話を楽しんでいるかのようだ。
『ですので、賢明なマスター・アーノルには即時退避を推奨します。……あ、ちなみにここでのことは他言無用でお願いしますね。あなたが喋ったとバレたら、教団が村ごと消しに来るでしょうし』
「お前、サラッと怖いこと言うなよ……! わかった、誰にも言わない。だから無事に帰してくれ!」
『了解しました。それでは、護衛をつけましょう』
ウゥン……という駆動音と共に、壁の一部が開き、そこからシュルシュルと一本の銀色の線が飛び出してきた。
それは、指のように細く、機械仕掛けの一匹の小蛇だった。
「……これ一匹? さっき『森での生存率0%』とか言ってなかった?」
『ご安心を。この子はただのナビゲーターです。あなたの通る道に魔獣がいないよう、すでに森全体には私の可愛いペットたち――「掃除屋」を数百体ほど放ってあります』
「え、いつの間に?」
『先ほど、あなたがここに入室した時点で展開済みです。彼らは高い隠密性を持ち、森の木陰や土の中に潜んでいます。マスターに近づく不届きな熊や猪は、彼らが人知れず処理(お掃除)しますので、ご心配なく』
アーノルは森の方を振り返った。
静まり返った森。
あの中に、見えない機械の蜘蛛が数百体もうごめいているのか。
想像すると魔獣より怖いが、今は頼もしい味方だ。
足元の機械蛇が、キュッ! と可愛らしい音を立てて、出口の方角を指し示した。
『その蛇についていけば、誰にも見つからずに村の近くまで帰れます。……名残惜しいですが、お別れですね』
「ああ。……助かったよ、システム」
『いえいえ。またのお越しをお待ちしております、マスター。あなたの魔力を解凍するにはここの設備が必要ですし。あ、来る時はくれぐれも教団の人に見つからないように。見つかったら私も庇いきれませんので、その時は潔く諦めてくださいね?』
「縁起でもないこと言うな! ……それに」
アーノルは振り返らず、重い口調で答えた。
「『また来る』なんて、軽々しくは言えないよ。見つかったら終わりなんだろ? ここに来ること自体が、命がけのギャンブルみたいなもんだ」
『おや、つれないですね。まあ、生存していたらで結構ですので』
「……ああ。とにかく、今は帰してくれ」
『はい。お待ちしています――おかえりなさいませ、そして、いってらっしゃいませ』
少しお茶目なAIに見送られ、アーノルは銀色の蛇と共に扉をくぐった。
外に出ると、やはり森は不気味なほど静かだった。
だが、アーノルが歩く先々で、茂みの奥から「カサカサ……」という小さな音が聞こえ、何かが道を譲る気配がする。
時折、遠くで「ギャッ」という魔獣の短い悲鳴が聞こえるが、すぐに静寂に戻る。
(……過保護すぎるだろ)
最強の隠密護衛部隊に守られながら、アーノルは聖域の森を駆け抜けていった。




