25.深淵への迷い子
全身が軋むような痛み。
薄れゆく意識を必死に繋ぎ止める。
ここで眠れば、土に還るだけだ。
「……ッ、ぐぅ……」
アーノルは枯れ葉の上に起き上がった。
目の前には、さっき自分を吹き飛ばした猪が、鼻息荒くこちらを睨んでいる。
熊の気配は消えたが、この猪も十分に死神だ。
(集中しろ……見るんだ……)
猪の筋肉が収縮する。
それよりも早く、アーノルの脳裏に「猪が左へ踏み込んで突き上げる」映像が浮かぶ。
もはや映像というより、脳に直接警報が鳴るような感覚だ。
(来る!)
一拍置いて、実体の猪が突っ込んでくる。
アーノルは痛む体を叱咤し、右へと転がった。
猪の鋭い牙が、アーノルがいた場所の空気を切り裂き、背後の黒い巨木に激突して火花を散らす。
何度も、何度も繰り返される死の予行演習と、遅れてくる現実。
そのわずかな隙間だけを頼りに、アーノルは必死に逃げ回った。
どれくらい逃げただろうか。
猪が諦めて去っていった頃には、アーノルの体力は限界を超えていた。
「ハァ……ハァ……」
黒い巨木の根元に背を預けて座り込む。
静寂。
ふと顔を上げると、そこは見たこともない異様な空間だった。
空が見えない。
遥か頭上を覆い尽くす枝葉が、太陽の光を完全に遮断している。
そして周囲に聳え立つのは、村の外縁部にあるものよりもさらに太く、さらに黒々とした巨木たち。
まるで巨大な監獄の檻のように、アーノルを取り囲んでいる。
「……どこだ、ここ」
方向感覚がない。
どちらから逃げてきたのかもわからない。
ただ一つわかるのは、自分が「入ってはいけない領域」――禁域の森の深部へと、迷い込んでしまったということだけだった。




