23.黒鉄の森
アーノルが6歳の冬を越えようとしていた頃。
村の生活を支える根幹であり、同時に最大の脅威でもある場所――北に広がる「黒鉄の森」について、アーノルはその特異性を理解し始めていた。
この森は、ポルム教によって「聖域」と認定され、原則として人の立ち入りが固く禁じられている。
だが、このクルム村だけは例外だった。
森の最も外側、外縁部に限って立ち入りが許され、そこに生息する熊、猪、鹿、兎などの豊かな獲物を狩る権利が認められているのだ。
しかし、その権利には一つの「義務」が課されていた。
それは、「毎日一本、森の木を切ること」である。
「……本当に、気味の悪い森だ」
早朝の冷気の中、森の入り口へと続く道を歩きながらアーノルは呟いた。
この森には、若木や細い木が存在しない。
すべてが巨木であり、そして異常なほど硬く、黒ずんでいる。
それらは地面から生えてくるのではない。夜明けと共に、「現れる」のだ。
何もない空間に、突如として成長しきった巨木が出現する。
もし切らなければ、森は毎日一本ずつ外側へと増殖し、いずれ村を飲み込んでしまうだろう。だからこそ、村の男たちは交代で毎日一本、境界線の木を切り倒し、森の拡大を阻止しているのだ。
かつては、切り倒した木を加工しようとした時代もあったという。
だが、その木は鉄のように硬く、運搬しようにも異常な重量があった。加工には通常の何倍もの労力と道具の消耗が必要で、とても割に合わなかった。
現在では、切った木をその場に放置している。そうすると、翌朝新しい木が現れる際に、古い木は煙のように消滅してしまうからだ。この「更新現象」を利用し、村は森との境界線を維持し続けていた。
森と村の境界には、丸太を組んで作られた堅牢な砦がある。
そこに常駐しているのは、国、あるいはポルム教の要請により派遣された兵士たちだ。彼らは24時間体制で森を監視し、魔獣が森から溢れ出ないように目を光らせている。
だが、いかに訓練された兵士といえど、不眠不休で監視を続けることはできない。
彼らにも食事や仮眠といった「休憩」が必要だ。
その隙間を埋めるのが、クルム村の自警団の役割だった。
「兵士様たちの休憩中、代わりに俺たちが見張りに立つ」
それが、村に課せられたもう一つの義務であり、兵士たちとの良好な関係を保つための知恵でもあった。
今日、父ガリオンはその「代行当番」の日だった。
早朝から砦へ赴き、兵士たちが朝食をとって休んでいる間、代わりに冷たい風の吹く見張り台に立っているはずだ。
「ほら、遅れるぞアーノル」
「待ってよ、チャムソンさん。足が速いって」
隣を歩くのは、今日は非番の狩人チャムソンだ。
砦に行くには森の近くを通る必要がある。当然、子供だけで行かせるわけにはいかないため、村の大人たちが持ち回りで付き添うことになっていた。
「ハハッ、これくらいで根を上げてちゃ、親父さんの後は継げないぞ」
チャムソンは弓を担ぎながら笑った。
この「付き添い」には、単なる護衛以上の意味がある。
将来、狩人や木こりとして森に入る子供たちに、森の空気や気配に少しずつ慣れさせる――そんな実地教育の意味合いも兼ねていたのだ。
「着いたぞ。ちょうど交代の時間だな」
砦の前に到着すると、見張り台からガリオンが降りてくるところだった。
奥の詰所からは、休憩を終えた兵士たちがだらだらと出てくるのが見える。
「おお、アーノルか。すまんな」
「ううん。母さんが、温かいうちに食べてって」
ガリオンは弁当を受け取ると、兵士たちに「異常なしです」と報告し、引き継ぎを行おうとした。
平和な交代の時間。
兵士たちも気が緩み、ガリオンたちも肩の力を抜いた、その一瞬の隙間だった。
「――敵襲! 熊だ、デカいぞ!!」
見張り台に残っていた最後の自警団員の、悲鳴のような叫び声が響き渡




