21.忘却された「禁忌」
季節は巡り、アーノルは六歳になっていた。
アサータクとの契約は順調に履行されている。
彼が村に来るたびに持ち帰る「本」は、この閉鎖的な世界に生きる俺にとって、酸素と同じくらい重要な生命線だった。
歴史。
地理。
自然科学。
工学。
ジャンルを問わず、手に入る限りの書物を貪るように読み耽る。
文字通り乱読だ。
そのおかげで、俺の頭の中にはこの世界の知識が急速に積み上がっていった。
――だが。
(……ない。不自然なほど、どこにも載っていない)
どんな本を読んでも、
ある一つの事象だけが綺麗さっぱり抜け落ちている。
魔法。
不思議な力。
魔力。
それに関する記述が、一冊も存在しないのだ。
まるで最初からこの世になかったかのように。
ある日。
商品の搬入に来ていたアサータクに、俺は何気なく尋ねた。
「なぁ、おじさん」
「色々な本を読んだけど、『魔法』について書かれた本が一冊もないんだ」
「不思議な力とか、魔力とか……そういうのはないの?」
「マホウ? なんだそれは?」
アサータクは本気で分からない顔をした。
言葉を変えて説明した瞬間――
彼の表情が凍りついた。
血の気が引き、鋭く周囲を見回す。
そして次の瞬間、強い力で俺の口を塞ぎ、荷馬車の奥へ引きずり込んだ。
「……っ! 馬鹿野郎!!」
「死にたいのか!」
いつもの軽さは消え失せ、声は恐怖に震えている。
「いいか、二度とその言葉を口にするな」
「……忘れろ」
「……え?」
ただならぬ空気に、息を呑む。
「どこで覚えたかなんてどうでもいい」
「とにかく忘れろ」
アサータクは声を極限まで落とし、早口で続けた。
「多分その言葉は禁忌だ」
「普通の人間は、聞いても意味すら分からねぇ」
「とっくの昔に歴史と人々の記憶から消された概念なんだ」
「……一般人は、その存在すら知らねぇ」
「……存在すら?」
「ああ」
「俺は商人だから、国を跨いで噂を耳にする立場にいるだけだ」
「それでも詳しくは知らねぇ」
その目には、はっきりとした恐怖があった。
迷信ではない。
実在する権力と暴力を恐れる、大人の目だ。
「それは『悪しき力』だ」
「太古の昔、世界を滅ぼしかけた禁忌の業」
「そう定義され、抹消された」
「……誰に?」
アサータクは一瞬ためらい、絞り出すように言った。
「ポルム教だ」
「奴らはそれを滅ぼすためにあると言われている」
「耳に入れば異端審問だ」
「村ごと焼かれることだってある」
脂汗を浮かべながら、真剣に睨みつけてくる。
「頼むから誰にも言うな」
「俺の前でもだ」
「……知らなくていいことなんだ」
俺は無言で頷いた。
アサータクは短く「わかればいい」と言い、逃げるように作業へ戻っていった。
(……なるほど)
俺は「眼」の情報を確認する。
【魔力:F】
俺にも。
ケニにも。
アサータクにも存在する数値。
あの儀式の光も、確実に魔力だった。
――システムとしては存在している。
だが社会からは消されている。
ポルム教という巨大な力によって、
歴史から、
記録から、
人々の記憶から。
(知っているのは一部の情報通だけ……か)
不気味な空白の理由がはっきりした。
同時に理解した。
魔力を調べること自体が――
命に関わる禁忌だということを。




