17. 親子の火種
バテンの家を離れ、アーノルとロバーソンは急ぎ足で帰路につきました。家の扉を開けると、そこには案の定、待ち構えていた妹のケニがいました。
「にぃに! おそーい!」
三歳になったばかりのケニが、短い足を一生懸命動かしてトコトコと駆け寄ってきます。アーノルの膝にしがみつき、小さな顔を擦り付けながら「えへへ」と笑うその姿は、一日の疲れも吹き飛ぶほどに無垢で愛らしいものでした。
「ごめんよ、ケニ。寂しかったか?」
アーノルが腰を落として目線を合わせると、ケニは小さな手を広げて「いーっぱい待ったの!」と精一杯の不満をアピールします。アーノルがそのぷにぷにとした頬を指で突くと、ケニはくすぐったそうに声を上げて笑い、今度はアーノルの背中に回って、おんぶをせがむように抱きついてきました。
そんな妹の温もりを感じながらも、アーノルの頭の隅には、先ほど見た商人の冷たい瞳と、バテンが見せたあの突き放すような態度がこびりついていました。
一方、その頃。夕闇が迫るバテンの家の前では、重苦しい空気が停滞していました。
アサータクは、馬車の影で腕を組み、冷え切った声で口を開きました。
「……随分と冷たいじゃないか、親父。せっかく久々に顔を見せてやった息子だぜ」
バテンは入り口に立ち塞がったまま、息子を冷徹に見据えていました。二人の間には、埋めようのない深い溝があります。
かつて村を襲った酷い飢饉と、流行り病。バテンは愛する妻と、アサータクの兄弟たちを立て続けに亡くしました。残された二人は、失意の底で肩を寄せ合って生きることもできたはずでした。
しかし、現実は逆でした。一緒にいれば、失った家族の面影を互いの中に探してしまい、悲しみが癒えることはありません。バテンは死に物狂いで農業に打ち込むことで、土を耕す苦痛で心の穴を埋めようとしました。一方のアサータクにとって、そんな父の姿は「死んだ家族ばかりを見て、生きている自分を見ていない」と映り、悲しみの記憶が染み付いたこの村を逃げるように飛び出したのです。
アサータクは一歩踏み出し、アーノルが去っていった方向を睨みつけました。
「道すがら聞いたぜ。この村に、王都の役人が驚くような『上等な酒』が現れたってな。……酒をあまり飲まないあんたに、そんなものが作れるとは到底思えない。さっきのガキ……あれが、なにか関わってるのか?」
「……。……帰れ」
バテンの声は低く、地鳴りのように重いものでした。それは理屈を拒み、これ以上の対話を断絶する頑固親父そのものの響きでした。アサータクは、一度こうなった父親には何を言っても無駄であることを、子供の頃からの経験で理解していました。
「いいさ、あんたが話したくないならそれでも。俺は、俺で勝手にやるさ。……それほどの酒なら、この村をもっと豊かにできる」
アサータクは鼻で笑うと、鮮やかな手つきで馬の手綱を握り直しました。そのまま馬車を動かし、夜の村道を進みます。
コミンで店を立ち上げてから長く顔を出していませんでしたが、行商で訪れるときには今でも酒を酌み交わす悪友たちがいます。
(親父がダメなら、ブンカカかチャムソンのところへ行ってみるか……。あの二人なら、最近の村の事情にも詳しいはずだ)
皮職人のブンカカと、狩人のチャムソン。アサータクは彼らから情報を引き出すべく、馬車を走らせました。




