13. 嘲笑と神父
「は? ……なんだ、このガキは」
略奪の最中、足元に立ちふさがったアーノルを見下ろし、役人は心底不愉快そうに鼻を鳴らしました。広場を支配していた悲鳴と怒号は、騎士たちの下卑た笑い声にかき消されていきます。
「おい、見たか。この辺境の村は、ついに出すものがなくなって赤ん坊を献上する気になったらしいぞ」
「小樽を抱えて何をしに来た? 喉が渇いたからミルクでも飲ませろとせがみに来たか?」
四方から浴びせられる嘲笑の中、アーノルは微動だにせず、役人の濁った瞳を真っ直ぐに見据えました。その腕には、村の職人たちが魂を込めて作り上げた、琥珀色のしずくが眠る小樽が抱えられています。
「役人さん。この樽の中身は『澄みわたる上級ライ麦酒』です。あなたが要求した、王子の祝宴に相応しい逸品だ。……これがあれば、若者たちを『資材』として連れて行く必要はないはずです」
しかし、役人はアーノルの言葉を最後まで聞こうともしませんでした。数週間で五歳の子供が酒を用意したなど、彼にとっては出来の悪い冗談にすらなりませんでした。役人は苛立ちを露わにし、泥だらけの重いブーツを振り上げました。
「黙れ、クソガキが! 貴様のような泥ネズミが用意できる酒など、家畜の尿にも劣る。どけ、さもなくば貴様もまとめて鎖に繋いでやる!」
役人の足がアーノルへ向けて振り下ろされようとした、その瞬間。
父・ガリオンが、無言で一歩踏み出しました。
言葉はありません。ただ、北の森の巨獣をも退かせる殺気と、地響きのような威圧感が役人の動きを氷結させました。自警団の男たちが一斉に、日々巨木を叩き切る戦斧や槍を構え、鋼の壁となってアーノルの背後に立ち塞がります。
「ほう……。辺境の木こり風情が、王国の徴収に武器を向けるか。これは明確な叛逆だな。おい、全員叩き斬れ! 見せしめにしてやる!」
役人が狂ったように叫び、騎士たちが剣を抜きました。ガリオンは黙って戦斧の柄を握り直し、ロバーソンは重心を落として静かに拳を固めました。一触即発。広場に血の雨が降るかと思われた、その時でした。
「――そこまで。少しばかり、騒がしすぎますよ」
若々しくも、どこか有無を言わせぬ落ち着きのある声が広場を支配しました。
人だかりを割って現れたのは、三十代半ばほどの、精悍な顔立ちをした男でした。質素な聖衣を纏い、胸元にはこの地で信仰されているポルム教の紋章が揺れています。
この村において、ポルム教を熱心に信仰する者はほとんどいません。彼自身も布教に精を出す様子はなく、ただ村の良き隣人として存在していました。読み書きを教え、病人が出れば薬草を煎じ、揉め事の仲裁もする。村人たちからは「神父様」と呼ばれ、家族のように慕われている男です。
役人の顔が、見る間に引きつりました。たとえ信仰の薄い辺境であっても、神職にある者を害せばポルム教を敵に回すことになります。それは役人の地位を容易に吹き飛ばすほどの、極めて面倒な事態でした。
「し、神父様……! なぜこのような場所に」
「あまりに騒がしいのでね。……役人殿、王子の生誕を祝うための徴収が、なぜこれほどまでに殺伐としたものになっているのですか? 私はただ、この子が抱えているものが、それほどまでにあなたの怒りを買うような代物なのか気になっただけなのですが」
神父は普段の温和な態度とは違い、鋭い眼差しで役人を射貫きました。そのまま、アーノルが抱える小樽に視線を落とします。
「この子が、そこまで必死に守ろうとしているものです。中身も確かめずに踏みにじるのは、いささか早計ではありませんか?」
神父の静かな、しかし確実な「面倒」を予感させる圧力に押され、役人は忌々しそうに剣を収めました。
「……いいだろう。ただし、中身がただの泥水だったなら、その時はこのガキもろとも全員捕らえてやるからな」
役人はひったくるようにアーノルから樽を奪い、短剣の先で乱暴に栓を抉り出しました。
その瞬間。
秋の冷たい風に乗って、かつてこの地の誰もが嗅いだことのない、圧倒的に芳醇な香りが広場全体に爆発するように広がりました。
焦がしたオークの香ばしさと、極限まで磨かれたライ麦の甘い芳香。
役人はその香りを吸い込んだ瞬間、まるで頭を殴られたような衝撃を受け、言葉を失って立ち尽くしました。




