12. 北の森を背う男たち
納屋の外は、一瞬にして地獄のような喧騒に包まれました。
「期限など知ったことか! 陛下への忠誠を示すなら、三日早くとも差し出すのが道理。逆らう者は『資材の破損』として処理して構わん!」
傲慢な役人の怒号に、アーノルは冷静に、しかし素早く動きました。完成したばかりの琥珀色の液体を満たした小樽をしっかりと抱え、外へ出ようと扉に手をかけます。
そこへ、数人の男たちが風のように納屋へとなだれ込んできました。
村の自警団。その先頭に立つのは、アーノルの父、ガリオンでした。
北に広がる黒鉄の森。そこから現れる巨獣を退けるため、この村の男たちは日々命を懸けています。鉄のように硬い神木を毎日一本作伐するという過酷な義務が、彼らの肉体を鋼のように鍛え上げていました。ガリオンが背負う巨大な戦斧は、その実力の象徴です。
「父さん……」
ガリオンは何も言いませんでした。ただ、息子と、その腕の中にある小さな樽を、射抜くような鋭い眼差しで見つめました。
「父さん、これを。これさえあれば、無駄な血を流さずに済むんだ」
本来なら、五歳の子供の言葉に耳を貸す状況ではありません。しかし、ガリオンは息子の瞳の奥にある、大人顔負けの冷徹なまでの「確信」を見逃しませんでした。
ガリオンは、自分の息子が「普通の子供」ではないことを、既に本能で受け入れていました。
「……行くのか」
短く、重い問い。そこには疑いも制止もありませんでした。一人の男として、息子の覚悟を問う響きだけがありました。
「ああ。父さんたちに死んでほしくない。……力でねじ伏せるんじゃなく、価値で屈服させる」
アーノルの声は、冷たく、そして鋭く響きました。その隣では、口数の少ないロバーソンが、重心を低く保ったままアーノルの影のように並んでいます。修練を経て、ロバーソンの立ち姿からは五歳児特有の隙が消え、まるで北の森の巨木のような、静かな威圧感を纏い始めていました。
ガリオンは無言で道を空けました。そして、手にしていた戦斧を力強く握り直すと、アーノルの背後を守るように歩き出しました。自分たちが剣を抜くのは、息子が失敗したときだ。それまでは、この小さな背中に村の命運を預ける――その決意を、無言の背中が語っていました。
アーノルは小樽を抱え直し、ロバーソンと共に、怒号と悲鳴の渦巻く広場へと一歩を踏み出しました。
広場の中央では、鎖に繋がれた若者たちと、それを指揮する役人が勝ち誇った笑みを浮かべていました。
アーノルは、その役人の真正面へと、迷いのない足取りで歩み寄りました。
「役人さん。……王子の誕生日に、そんな汚れ物の『資材』を贈るつもりですか?」
幼い、しかし透き通るような声が広場に響き渡り、狂気に満ちた喧騒が、一瞬にして凍りつきました。




