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キングスレイヤー序  作者:
第2章 侵食の始まり

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113. 潔癖な国と、緩やかな神

 国境の「地獄の洗濯板」と呼ばれた悪路を抜けてからも、しばらくは気の抜けない道が続いた。


 だが、街道沿いに点在する町や村に近づくにつれ、その様相は少しずつ変わっていった。


 深いわだちは綺麗に埋められ、石畳も整えられている。


「へえ、町が近いと道も綺麗になるんですね」


「ああ。物流の要所はそれなりに整備してるみたいだな。ま、それでも裏道に入ればガタガタだが」


 アサータクは手綱を握りながら苦笑するが、バテンの乗り心地は快適そのものだ。


 活気ある市場を通り過ぎるたび、鉄製品や加工品が溢れ、人々が忙しなく、しかし生き生きと働いているのが見える。


 そして何より驚いたのは、ここまで一度も賄賂を請求されなかったことだ。


「……アサータクさん。本当に、一度も言われませんね」


 宿場の食堂で、俺はスープを啜りながら小声で言った。


 ヨンドカ王国やその周辺では、関所や町の入り口で「通行税」とは名ばかりの小銭を要求されるのが日常茶飯事だった。


「ああ。言ったろ? こいつらはクソ真面目なんだよ」


 アサータクはパンを千切りながら、ニヤリと笑った。


「サマラの人間には『不正は恥』という教育が骨の髄まで染み込んでる。だから、治安もすこぶる良い」


 確かにそうだ。夜道を歩いても、殺気立った視線を感じることがない。


 道を聞けば、強面の鍛冶屋のおじさんが丁寧に教えてくれたし、市場のおばちゃんはオマケのリンゴをくれた。


 なんだ、この国。天国か?


「すげえ良い国じゃないですか。俺、ここ好きになりそうですよ」


 俺はふと思いつき、身を乗り出した。


「そうだ。いっそ、この国で店を開くってのはどうですか? ここなら治安もいいし、変な権力者に発明品を横取りされる心配もしなくて済みそうじゃないですか」


 俺の提案に、アサータクは呆れたように手を振った。


「ハッ、寝言は寝て言え。基本的に他国で店なんて持てねえよ」


「え? でもレーマネには色んな国の商人がいたじゃないですか」


「あそこは『自由都市』だから特別なんだよ。……いいか? 普通の国で外国人が店を持つのがどれだけ大変か教えてやる」


 アサータクはスープを飲み干し、指を一本立てた。


「まず、自分の国……俺たちならヨンドカ王国の許可が必要だ。『国外営業許可証』ってやつだが、国としては技術や富が流出するのは面白くない。だから、よほどの大商人か、国益になると認められない限り、まず許可は降りねえ」


「うわ、自国の時点で弾かれるんですか」


「そうだ。で、仮に奇跡的に許可が降りたとしても、次は『出したい国』……つまりサマラ側の許可が必要になる」


「あー……」


「当然、サマラだって自国の商人を守りたいし、スパイも警戒する。どこの馬の骨とも知れない外国人に、ホイホイ場所を貸すわけがないだろ?」


「……つまり、二重の壁があるわけですか」


「その通り。他国に堂々と支店を出せるなんてのは、国から信用されている超大手の商会くらいのもんだ。俺たちみたいな個人商人は、こうやって『行商人』として渡り歩くのが関の山さ」


「なるほど……。世知辛いですね」


 俺はガックリと肩を落とした。

 平和なサマラでのんびり発明ライフ、という夢は脆くも崩れ去ったようだ。


          ◇


 そして数日後。


 俺たちはついに、サマラ王国の心臓部、王都へと到着した。


「うわぁ……でかい」


 目の前に広がるのは、堅牢な城壁に囲まれた巨大都市。


 正門をくぐると、そこは人と馬車の洪水だった。


 メインストリートは綺麗に舗装され、両脇には石造りの高い建物がびっしりと並んでいる。


 王城以外にも大きな建物がいくつもあり、ヨンドカの王都とは「密度」と「熱気」が違う。


 その街並みの中で、ひときわ目を引く巨大な建物があった。


 真っ白な石材で作られた、巨大なドーム状の屋根を持つ大聖堂だ。


 太陽の光を反射して白く輝くその姿は、工業的な煙が多いこの街で、異質なほどの清浄さを放っている。


「あれは……なんですか?」


「『ドマニー大聖堂』だ。ドマニー教の総本山だよ」


「ドマニー教……?」


 聞き覚えがない。俺が首を傾げると、アサータクが少し驚いた顔をし、すぐに「ああ」と納得したように頷いた。


「そうか、お前知らねえのか。……まあ、無理もねえか。俺たちの故郷、クルム村は特殊だからな」


「えっ、そうなんですか?」


「ああ。あそこにはポルム教の教会しかないだろ? お前、村からほとんど出たことなかったしな」


 アサータクもクルム村の出身だ。村の事情はよく知っている。


「普通の町なら、ドマニー教の教会はどこにでもあるんだがな。ポルム教は布教しないから、他の宗教が入ってこない閉鎖的な村だと、こういう世間知らずが育つってわけだ」


 アサータクの講釈によると、この大陸には大きく分けて三つの宗教があるらしい。


 一つ目は、俺もよく知る『ポルム教』。預言者ポルムの教えを基にしているが、布教活動は行わない。


 二つ目は、『サマスト教』。絶対神サマストを崇める宗教だが、教義が過激で難解なため、一般人には近寄りがたい。


 そして三つ目が、目の前にある『ドマニー教』だ。


「ドマニー教は、主神『ドマニー・ドマナー』を崇める宗教だ」


「ドマニー・ドマナー? なんか、呪文みたいな名前ですね」


「笑うなよ、信者に刺されるぞ。……ここの教義は単純明快だ。『優しくあれ』『正しくあれ』。そして『良いことをすれば、巡り巡って幸福になれる』」


「……随分とまあ、シンプルですね」


「ああ。難しいことは教えない。知りたい奴には教えるが、基本はおおらかなもんさ」


「なるほど……。つまり『情けは人の為ならず』ってことですかね」


「ん? なんだその言葉。聞いたことねえな」


 アサータクが興味深そうに俺を見た。どうやらこの世界にはないことわざらしい。


「えっと、他人に親切にすれば、それは巡り巡って自分のためになる、みたいな意味です」


「ほう、言い得て妙だな。まさにドマニー教の教えそのものだ」


 アサータクは荷台のインク壺を確認しながら、遠くの大聖堂を見上げた。


「人間ってのは、困った時や辛い時に、すがりつける『何か』が欲しくなる生き物だろ? でも、難しい修行や怖い神様は嫌だ」


「まあ、そうですね」


「そこでドマニー教だ。『良い人であれば救われますよ』というスタンスが、多くの人間に受け入れられたんだろうな。この国の人間が親切なのも、この教えの影響だろうよ」


 巨大な扉の前には、多くの人々が出入りしている。皆、穏やかな顔つきだ。


 過激なことも言わず、ただ人々の心の拠り所としてそこに在る。


 ある意味、一番完成された宗教の形なのかもしれない。


「ま、俺たち商人が信じるのは『神』より『金』と『信用』だがな」


 アサータクはニヤリと笑い、バテンの手綱を引いた。


「さあ、着いたぞ。まずは宿をとって、それからこの『聖なる都』に、俺たちの『インク』を売り込みに行くぞ」


 王都の雑踏の中、俺たちの馬車は滑るように進んでいった。





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