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キングスレイヤー序  作者:
第2章 侵食の始まり

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109. おかわりは地獄の味

「行ってらっしゃい、モイコさん。新記録、期待してますよ!」


「……鬼! 悪魔! 人でなし! 俺を使い走りのパシリか何かだと思ってやがるなッ!!」


 モイコさんは涙目で絶叫しながら、手に入れたばかりの新しい馬に跨り、ターマインへと飛び出していった。

 彼に託したのは、名工サンデルへの『二台目の操舵システム』の製作依頼の手紙と、それを回収してきてもらうための往復任務だ。


 俺は笑顔でハンカチを振り、振り返ってカイルを見た。


「さて、カイルさん。邪魔者は消えた。僕たちも始めようか。手元にある予備の部品で、アサータクの馬車を仕上げるぞ」


 俺たちは工房の奥に停めてある、アサータクの古い幌馬車を見上げた。

 だが、カイルは困った顔で頭を掻いた。


「……アーノル。これ、バテンと同じ部品じゃハマらないぞ」


「ん? どうして?」


「バテンはゼロから設計したけど、こいつは既製品だ。車軸の太さもフレームの形も全然違う。そのままポン付けは無理だ。……悪いが、俺の手には負えねえよ」


 弱気になるカイルの背中を、俺はバンと叩いた。


「同じ物が無理なら、別のやり方で答えを出せばいい。……バテンを作った今のアンタなら、できるだろ?」


「俺が……?」


「ああ。答えは一つじゃない。アンタなりの正解を形にするんだ」


 俺はそこへ、追い打ちをかけるように懐から一枚の硬貨を取り出した。

 最高位の通貨、白金貨だ。


「これまでの分も含めた報酬だ。白金貨一枚。……やれる?」


 カイルは受け取った白金貨をまじまじと見つめ、そしてニヤリと笑った。修理屋の顔から、職人の顔に変わる。


「……へっ、若造にここまで言われちゃ、引くに引けねえな。分かったよ。白金貨一枚分の仕事、きっちり見せてやる!」


 カイルは鼻息を荒くして、すぐさま古い車軸の計測に取り掛かった。


 ふと、俺は手元の皮袋の重さを確かめた。

 ハインツ商会から受け取った白金貨五十枚。

 夢中で開発を進めていたせいで、あまり何にいくら使ったか正確には覚えていない。


 モイコとサンデルへの依頼料、安く買い叩いた馬たち、そして今のカイルへの報酬。

 袋の中身を数えてみると、残りは四十四枚だった。


「……ん? いつの間にか六枚も減ってる? ……まあいいか」


 俺はすぐに計算をやめ、意識を馬車製作へと戻した。

 金の勘定よりも、今は目の前の鉄と木材の方が重要だ。


          ◇


 一方、数日後のターマイン・サンデル工房。


 名匠サンデルは、至福の時を過ごしていた。

 まとまった金が入り、納期に追われることもない。

 今は自分が作りたいものを、作りたい時に、好きなだけ作る。

 職人としてこれ以上の贅沢はなかった。


「ふふふん♪ 今日は天気がいいのぅ。誰にも邪魔されず、この美しい鋼を叩く。至高の喜びじゃ。……もしこの平穏を邪魔する奴が現れたら、わしは容赦なく槌で叩き殺してやるぞ」


 サンデルが恍惚とした表情で槌を振り上げた、その時だった。


 ドゴォォォォンッ!!


 工房の扉が、親の敵のように蹴破られた。

 サンデルはビクリとして、持っていた槌を自分の足に落としそうになった。


「……嘘じゃろ?」


 入り口には、もはや見慣れた――しかし絶対に見たくなかった「死神モイコ」が、鬼気迫る形相で立っていた。


「……爺さん。おかわりだ」


 モイコは無表情で、アーノルからの手紙を突き出した。


『一台目、完璧です! さて、二台目のための「操舵システム」の図面を送ります。

 これが無いと、二号車は曲がれずに路地裏の壁に突き刺さることになります。

 僕たちの出発に間に合うよう、大至急で!』


「…………」


 サンデルは手紙を読み、静かに顔を上げ、そしてターマインの街が震えるほどの声で叫んだ。


「わしの……わしの自由時間を……好きなものを打つ時間を邪魔するなぁぁぁぁッ!! あのクソガキ、わしを過労死させる気か!! 死ね! 手紙を持ってきたお前もまとめて死ねぇぇぇぇぇぇッ!!」


「叫んでる暇があったら火を点けろ爺さん。俺が死ぬのが先か、お前がこれを作るのが先か、勝負しようじゃねえか」


「るっせぇ! さっさと炭を持ってこい! 終わらせてやる、今すぐ終わらせてやるからなッ!!」


 サンデルは発狂しながらも、一刻も早く「自由」を取り戻すために火床へ飛び込んだ。

 再び、地獄の槌音がターマインの空に響き渡った。


          ◇


 レーマネの工房。


 こちらもこちらで、カイルが覚醒していた。


「……見えたぞ。既製品のフレームに無理やり最新のバネを適合させる、『万能接合金具』!」


 白金貨の余裕と、極限状態の集中力が、カイルに新たな発想をもたらしていた。

 既存の車体を活かしつつ、バテンに劣らぬ性能を与える独自の工夫。


「これならいける……! おいアーノル! 友達の鍛冶師にも声をかけてくる! 俺の設計通りに金具を打ってもらうんだ!」


「おっ、いいですね。頼みますよ!」


 カイルは風のように飛び出し、数時間後には友人の鍛冶師を引きずって戻ってきた。

 そこからは怒涛の勢いだった。


 そして数日後。

 アサータク号の改造が完了したのとほぼ同時に、死神のような顔をしたモイコさんが、精巧な操舵パーツを抱えて帰還した。


 ドサッ。

 モイコさんは荷物を置くと同時に、すべてをやり遂げた顔で気絶した。


          ◇


 朝日が昇る工房の前には、二台の「怪物」が並んでいた。


 一台は、漆黒のボディに【暴君】と【悪食】を繋いだ、魔王の如き馬車『バテン』。

 もう一台は、使い込まれた幌馬車だが、足回りが魔改造され、アサータクの選んだ精鋭馬たちが引く『アサータク号(二号車)』。


「……壮観だな」


 アサータクも、生まれ変わった自分の愛車を見て満足げに頷いた。

 俺はカイルに向き直った。彼は自分の仕事に満足そうだが、少し寂しそうでもある。


「カイルさん。いい仕事だった」


「へへっ、まあね。……でも、アーノルたちが行っちまったら、また車輪の修理だけの日々か……」


 カイルは俺が渡した白金貨を指先で弾き、パチンと掌で受け止めた。


「なんて言うと思ったか? この白金貨のおかげで余裕ができた。最高の材料を揃えて、さっきの鍛冶師と組んで、俺なりの『最高の馬車』を作ってやるさ」


「それは楽しみですが……悪いけど、あの部品の作り方は教えられませんよ? 特殊な加工方法が必要ですからね」


「はっ、分かってるよ。あんな変態じみた部品、教えられたって作れねえよ」


 カイルはニヤリと不敵に笑い、親指で自分を指した。


「俺は俺のやり方でやる。設計と仲間の技術で、別のすげえモンを作るしかねえ。……俺はもう、ただの修理屋じゃねえからな。お前が戻ってくる頃には、その『バテン』より速い馬車を作って待ってるからな! せいぜい抜かれないように練習しとけよ?」


「ははっ、期待してますよ」


 俺はカイルと拳を合わせ、朝日に向かって伸びをした。


「さあ、皆さん。準備は整いました。サマラへ向けて、出発しましょうか」


 長い、長い準備期間が終わり。

 ついに俺たちの旅が始まる。







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