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キングスレイヤー序  作者:
第2章 侵食の始まり

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101. 門前払いと、路地裏の原石

 「なんだと? 車軸の中に玉を入れろだぁ?」


 馬車売り場に併設された立派な工房で、恰幅の良い親方が鼻で笑った。


 俺の提案――摩擦を減らすための鉄球の挿入、衝撃を逃がすための重ね板バネ、そして制動用のブレーキレバー――を一通り聞いた後の反応がこれだ。


「坊主、ここはレーマネ一番の名店だぞ。代々伝わる職人の技で作った馬車に、素人の思いつきを混ぜ込めるか! 帰った帰った!」


 親方は取り付く島もなく、俺たちを工房から追い出した。


 アサータクが「ほら見ろ」と言わんばかりに肩をすくめる。


「言ったろう、アーノル。職人ってのはプライドの塊なんだ。特にこの手の有名店は、型破りな注文を一番嫌う」


「……理屈は合ってるはずなんですけどね。まあいいです、他を当たりましょう」


 俺たちは大通りを外れ、建物の影に隠れるように点在する、修理専門の零細工房が集まる一角へと足を向けた。


 一流品を作る金はないが、壊れたものを直す技術はある――そんな、腕一本で食っている連中なら、俺の話を聞いてくれるかもしれない。


 しばらく歩くと、煤けた看板を掲げた小さな工房を見つけた。


 中では、痩せぎすの若者が一人、歪んだ車軸を黙々と叩いている。


「ごめん、ちょっといいかな」


 俺が声をかけると、若者は顔を上げた。


 その目はひどく充血し、絶望と熱意が混ざったような妙な光を宿している。


 俺の目には、彼の頭上に浮かぶ情報が見えていた。


 カイル(28歳)。


 そして能力を示す漢字は【製作】。


 職人としては、これ以上ないほど汎用性が高そうな能力だ。


「……修理か? それとも解体か?」


「いや、新しい馬車の改造を頼みたいんだ。これを見てほしい」


 俺は地面の埃を平らにし、指で図面を描き始めた。


 車軸の中に鉄の玉を並べる仕組みや、しなる鉄板を重ねて衝撃を逃がす構造。


 それをじっと見ていたカイルは、難しそうな顔で頭をかいた。


「……悪いが、俺一人じゃ無理だ。それに、そいつは俺の領分を越えてる」


「領分? 馬車屋だろう?」


「兄ちゃん、馬車屋ってのを誤解してねえか? 本来、馬車作りってのは分業なんだよ」


 カイルは指を折りながら説明を始めた。


「人が乗る箱を作る箱屋、車輪を作る車輪屋、座席や内装を仕上げる内装屋……本来はそれぞれの専門職人が寄ってたかって一台を作るんだ」


「へえ、そんなに細かく分かれてるのか」


「ああ。だがあいにく、うちはしがない修理屋だ。箱も車輪も内装も、何でも直さなきゃ食っていけねえ。だから俺は全部やる。本職ほどじゃねえが、一通りは何でもできる」


 カイルは自分の掌を見つめた。


「木工は結構得意だ。自信がある。内装の革をピンと張るのも得意だ。ただ、デザインのセンスはあんまりねえし……鉄の加工に関しては、蹄鉄を打つくらいの基本的なことしかできねえ。あんたの言うその『玉』や『しなる鉄板』みたいな精密な金属加工は、俺の腕じゃ不可能だ」


「なるほど。広く浅く、でも木工と革張りはプロ級、か」


 俺はニヤリと笑った。


 条件は完璧だ。


 俺が求めているのは、既存の枠に囚われない柔軟さと、俺の指示通りに動ける基礎技術だ。


「カイルさん、十分だ。精度が必要な鉄の部品は他で用意する。君には、その部品を組み込むための土台作りと、得意の木工と革張りを頼みたい」


「……鉄の部品は他で? 誰がやるんだ?」


 アサータクが横から口を挟んだ。


「おいアーノル。まさか……」


「ええ。心当たりがあるでしょう? 世界一の偏屈で、世界一の腕を持つ鍛冶屋に」


 アサータクは嫌そうに顔をしかめた。


「サンデルか……。おい、ついこの間、涙ながらに別れたばっかりだぞ? 『元気でな』って感動的に送り出されたのに、数週間で『仕事しろ』って戻るのか? ぶん殴られるぞ」


「背に腹は代えられませんよ。それに、この工房のカイルさんだって、仕事が欲しくてたまらない顔をしてる」


 アサータクは諦めたように溜息をつき、懐から金貨を一枚、カイルの前に転がした。


「カイルと言ったな。お前、こいつに最後まで付き合ってやれるか?」


「……え?」


「こいつは、お前らが信じている馬車の概念を、根底から『再構築』しようとしてるんだ。一度始めたら止まらねえぞ。途中で泣き言を言わずに、この無茶苦茶な注文に付き合いきれるか?」


 カイルは金貨と図面、そして俺の顔を交互に見つめ、乾いた喉を鳴らした。


「……わかった。やってやるよ。どうせ失うもんもねえからな」


 カイルが頷くのを見て、アサータクは満足げに金貨を追加で数枚置いた。


「よし、交渉成立だ。材料費は好きなだけ使え。それと、こいつらの食費も俺が出してやる」


 アサータクは背を向け、ひらりと手を振った。


「俺は街で商売の種でも探してくるわ。完成したら呼んでくれ」


 そう言い残してアサータクが去ると、俺とカイルは顔を見合わせた。


 サマラへの平坦な街道を、かつてない速度で駆け抜けるための大改造。


 俺とカイルの、油と煤にまみれた数日間が始まった。



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