101. 門前払いと、路地裏の原石
「なんだと? 車軸の中に玉を入れろだぁ?」
馬車売り場に併設された立派な工房で、恰幅の良い親方が鼻で笑った。
俺の提案――摩擦を減らすための鉄球の挿入、衝撃を逃がすための重ね板バネ、そして制動用のブレーキレバー――を一通り聞いた後の反応がこれだ。
「坊主、ここはレーマネ一番の名店だぞ。代々伝わる職人の技で作った馬車に、素人の思いつきを混ぜ込めるか! 帰った帰った!」
親方は取り付く島もなく、俺たちを工房から追い出した。
アサータクが「ほら見ろ」と言わんばかりに肩をすくめる。
「言ったろう、アーノル。職人ってのはプライドの塊なんだ。特にこの手の有名店は、型破りな注文を一番嫌う」
「……理屈は合ってるはずなんですけどね。まあいいです、他を当たりましょう」
俺たちは大通りを外れ、建物の影に隠れるように点在する、修理専門の零細工房が集まる一角へと足を向けた。
一流品を作る金はないが、壊れたものを直す技術はある――そんな、腕一本で食っている連中なら、俺の話を聞いてくれるかもしれない。
しばらく歩くと、煤けた看板を掲げた小さな工房を見つけた。
中では、痩せぎすの若者が一人、歪んだ車軸を黙々と叩いている。
「ごめん、ちょっといいかな」
俺が声をかけると、若者は顔を上げた。
その目はひどく充血し、絶望と熱意が混ざったような妙な光を宿している。
俺の目には、彼の頭上に浮かぶ情報が見えていた。
カイル(28歳)。
そして能力を示す漢字は【製作】。
職人としては、これ以上ないほど汎用性が高そうな能力だ。
「……修理か? それとも解体か?」
「いや、新しい馬車の改造を頼みたいんだ。これを見てほしい」
俺は地面の埃を平らにし、指で図面を描き始めた。
車軸の中に鉄の玉を並べる仕組みや、しなる鉄板を重ねて衝撃を逃がす構造。
それをじっと見ていたカイルは、難しそうな顔で頭をかいた。
「……悪いが、俺一人じゃ無理だ。それに、そいつは俺の領分を越えてる」
「領分? 馬車屋だろう?」
「兄ちゃん、馬車屋ってのを誤解してねえか? 本来、馬車作りってのは分業なんだよ」
カイルは指を折りながら説明を始めた。
「人が乗る箱を作る箱屋、車輪を作る車輪屋、座席や内装を仕上げる内装屋……本来はそれぞれの専門職人が寄ってたかって一台を作るんだ」
「へえ、そんなに細かく分かれてるのか」
「ああ。だがあいにく、うちはしがない修理屋だ。箱も車輪も内装も、何でも直さなきゃ食っていけねえ。だから俺は全部やる。本職ほどじゃねえが、一通りは何でもできる」
カイルは自分の掌を見つめた。
「木工は結構得意だ。自信がある。内装の革をピンと張るのも得意だ。ただ、デザインのセンスはあんまりねえし……鉄の加工に関しては、蹄鉄を打つくらいの基本的なことしかできねえ。あんたの言うその『玉』や『しなる鉄板』みたいな精密な金属加工は、俺の腕じゃ不可能だ」
「なるほど。広く浅く、でも木工と革張りはプロ級、か」
俺はニヤリと笑った。
条件は完璧だ。
俺が求めているのは、既存の枠に囚われない柔軟さと、俺の指示通りに動ける基礎技術だ。
「カイルさん、十分だ。精度が必要な鉄の部品は他で用意する。君には、その部品を組み込むための土台作りと、得意の木工と革張りを頼みたい」
「……鉄の部品は他で? 誰がやるんだ?」
アサータクが横から口を挟んだ。
「おいアーノル。まさか……」
「ええ。心当たりがあるでしょう? 世界一の偏屈で、世界一の腕を持つ鍛冶屋に」
アサータクは嫌そうに顔をしかめた。
「サンデルか……。おい、ついこの間、涙ながらに別れたばっかりだぞ? 『元気でな』って感動的に送り出されたのに、数週間で『仕事しろ』って戻るのか? ぶん殴られるぞ」
「背に腹は代えられませんよ。それに、この工房のカイルさんだって、仕事が欲しくてたまらない顔をしてる」
アサータクは諦めたように溜息をつき、懐から金貨を一枚、カイルの前に転がした。
「カイルと言ったな。お前、こいつに最後まで付き合ってやれるか?」
「……え?」
「こいつは、お前らが信じている馬車の概念を、根底から『再構築』しようとしてるんだ。一度始めたら止まらねえぞ。途中で泣き言を言わずに、この無茶苦茶な注文に付き合いきれるか?」
カイルは金貨と図面、そして俺の顔を交互に見つめ、乾いた喉を鳴らした。
「……わかった。やってやるよ。どうせ失うもんもねえからな」
カイルが頷くのを見て、アサータクは満足げに金貨を追加で数枚置いた。
「よし、交渉成立だ。材料費は好きなだけ使え。それと、こいつらの食費も俺が出してやる」
アサータクは背を向け、ひらりと手を振った。
「俺は街で商売の種でも探してくるわ。完成したら呼んでくれ」
そう言い残してアサータクが去ると、俺とカイルは顔を見合わせた。
サマラへの平坦な街道を、かつてない速度で駆け抜けるための大改造。
俺とカイルの、油と煤にまみれた数日間が始まった。




