(後編)
街の視線と、彼女の決意
外に出た瞬間、ルカは理解した。
――見られている。
通りを歩く人々の視線が、確実にこちらへ向いている。
好奇、感嘆、わずかな嫉妬。
それらが、針のように刺さる。
「……やっぱり、目立ってる」
「目立ってない」
アリアは即答した。
「“浮いてない”だけ」
「それ、慰めになってないだろ」
そう言いながらも、ルカは歩調を合わせた。
服の裾が揺れる感覚に、まだ慣れない。
「ねえ、ルカ」
アリアが、小声で言う。
「無理なら、戻る?」
「……今さら?」
「うん」
ルカは、少し考えてから答えた。
「戻ったら、結局また選ばされる」
「……」
「だったら、前に行く方がマシだ」
アリアは、何も言わなかった。
ただ、その横顔が少しだけ引き締まった。
*
市場の一角で、小さな騒ぎが起きた。
「――きゃっ!」
転びそうになった子どもを、ルカは反射的に支えた。
その瞬間。
ほんの、ほんの一瞬だけ。
淡い光が、触れた。
擦りむいた膝が、赤くならずに済んだ。
「……え?」
子どもが目を丸くする。
母親が、息を呑む。
「今の……」
ルカは、固まった。
「……っ」
アリアが、すぐ前に出る。
「大丈夫です。
ただの光の反射ですよ」
慣れた声。
聖女候補としての“表の顔”。
母親は、まだ疑わしそうだったが、礼を言って去っていった。
しばらくして、アリアはルカの腕を引く。
「路地、入ろう」
人目の少ない場所に入った途端、アリアは息を吐いた。
「……無意識で使ったね」
「ごめん」
「謝らなくていい」
アリアは、真剣な顔でルカを見る。
「でも、覚えておいて」
「学園では、今のが“日常”になる」
「視線も、噂も、期待も」
ルカは、俯いた。
「……やっぱり、俺は――」
「一人じゃない」
被せるように言われた。
アリアは、一歩近づく。
「少なくとも、私はついてる」
「監督役として?」
「……友達として」
その言葉は、少し震えていた。
ルカは、顔を上げる。
「後悔するぞ」
「もうしてる」
即答だった。
それから、少しだけ柔らかく続ける。
「でもね」
「あなたが壊れるのを、黙って見てるよりマシ」
沈黙。
路地の向こうで、街の喧騒が続いている。
「……なあ、アリア」
「なに?」
「学園でさ」
少し、言いづらそうに。
「俺のこと、どう紹介するつもりだ」
アリアは、少し考えてから言った。
「そうだね……」
小さく笑う。
「ちょっと変わった聖女候補」
「それで通るか?」
「通す」
強い声だった。
「通らなかったら、
私が前に立つ」
その背中は、小柄なのに不思議と頼もしい。
ルカは、ふっと息を吐く。
「……じゃあ、頼む」
「任せて」
アリアは、手を差し出す。
一瞬ためらってから、ルカはその手を取った。
柔らかくて、温かい。
こうして二人は歩き出す。
嘘と祈りを抱えたまま。
聖女候補学校という、逃げ場のない場所へ。
次に待つのは――
「同年代の聖女候補たち」という、最も残酷な現実だった。




