入学前準備という名の、逃げ場のない選択
街は、久しぶりだった。
修道院の白い壁とは違い、色と音に満ちている。
人の声、布の擦れる音、焼き菓子の甘い匂い。
「入学前に、必要なものがあるの」
アリアは前を歩きながら、当然のように言った。
「教材、身の回りの品、それと――服」
「……服?」
ルカは、自分の身なりを見下ろす。
修道院で支給された、少し大きめの簡素な服。
「これじゃ、だめか?」
「目立つ」
即答だった。
「学園では、余計な注目は避けたいでしょ」
反論できなかった。
*
連れてこられたのは、街でも評判の仕立て屋だった。
柔らかな布が壁一面に並び、鏡がいくつも置かれている。
ルカは、入った瞬間に違和感を覚えた。
――置いてある服が、全部。
「……なあ、アリア」
「なに?」
「ここ……女性用しか、ないように見えるんだが」
アリアは、少しだけ視線を逸らした。
「気のせいじゃない?」
「いや、絶対――」
「さ、試着室」
有無を言わせず、背中を押される。
カーテンが閉まり、狭い空間に一人。
「ちょっと待て!」
外に声を投げると、すぐ返事がきた。
「これ、入学前の準備だから」
そして、カーテンの隙間から差し出される服。
――女性用。
しかも、一着じゃない。
「……冗談だろ」
「冗談だったら、わざわざ来ない」
淡々とした声。
「選択肢は二つ」
指を折る音がした気がした。
「一つ。
男物を着て学園に行って、毎日注目される」
「二つ」
一拍置いて。
「最初から“そういう見た目”で行く」
ルカは、黙り込んだ。
カーテンの向こうで、アリアが続ける。
「安心して。
声は抑えればどうにかなる」
「姿勢も、教える」
「癒しの力がある以上、
多少“聖女っぽい”方が、むしろ納得される」
「……俺の意志は?」
「今は、ない」
はっきり言われた。
沈黙が落ちる。
ルカは、手に取った服を見る。
淡い色。
柔らかな布。
――戦場では、絶対に存在しなかったもの。
「……着るしか、ないのか」
「うん」
外で、アリアが小さく言った。
「ごめんね」
その一言で、逃げ場がなくなった。
*
着替え終え、カーテンを開ける。
一瞬、空気が止まった。
アリアが、言葉を失う。
「……」
「……そんなに、変か」
「変、じゃない」
ゆっくり、近づいてくる。
「整ってる」
ルカは、鏡を見る。
そこに映っていたのは――
自分であって、自分じゃない姿だった。
女顔。
戦争で削げ落ちたはずの線が、服と髪で柔らかく整えられている。
癒しの光を宿す瞳が、強調されていた。
「……可愛い」
ぽつり、とアリアが漏らす。
「言うな」
「事実だから」
少し照れたように、でも真剣に。
「この見た目なら……
学園では“問題の聖女候補”で済む」
「男の異端、よりは?」
「うん。だいぶ」
ルカは、深く息を吐いた。
「……俺、どこまで行くんだろうな」
アリアは、少し考えてから答える。
「生きてるところまで」
その言葉は、不思議と重くなかった。
鏡の中の“少女”が、静かに瞬きをする。
こうしてルカは――
聖女候補学校に通うための“姿”を選ばされた。
それが、
守るための嘘になるのか。
壊すための仮面になるのか。
それは、まだ誰にもわからない。




