静かな部屋で、癒しの話を
目を覚ますと、白い天井があった。
薬草の匂い。
静かな呼吸音。
「……起きた?」
柔らかな声に、ルカは視線を横に向ける。
そこにいたのは、あの少女――アリアだった。
聖女候補の装いはそのままだが、杖も護衛もいない。
「……また、倒れたのか」
「うん。結構、派手に」
アリアは苦笑しながら、椅子に腰かける。
「三人がかりで運んだって聞いたよ」
「……迷惑、かけたな」
ルカはそう言って、視線を逸らした。
アリアは、すぐには答えなかった。
少し考えるように間を置いてから、口を開く。
「ねえ、ルカ」
「……なに」
「あなた、自分の力を“癒し”だと思ってないでしょ」
胸を突かれた気がした。
ルカは、ゆっくり息を吐く。
「癒しって……人を助ける力だろ」
「うん」
「だったら、俺のは違う」
言葉は、静かだった。
「俺のは……溢れてるだけだ」
アリアは、目を見開く。
「溢れてる?」
「感情が。
怒りとか、後悔とか……生き残ったことへの罪悪感とか」
ルカは、天井を見つめたまま続ける。
「それが、勝手に外に出て……周りを巻き込んでる」
「……だから、気絶するまで使い切る?」
「使ってるつもりはない」
アリアは、しばらく黙っていた。
聖女候補として、否定すべき言葉。
教会の教義なら、訂正すべき考え。
でも、彼女はそうしなかった。
「……私ね」
小さな声で言う。
「癒しの力って、“正しい人”が使うものだと思ってた」
ルカは、何も言わない。
「祈りを捧げて、信仰を積んで、心を清めて……
そうやって得るものだって」
アリアは、自分の胸に手を当てる。
「でも、あなたの力は違う」
「正しくない?」
「正しいとか、間違ってるとかじゃない」
アリアは、真っ直ぐルカを見る。
「生きられなかった感情の残り火みたい」
ルカの指先が、わずかに震えた。
「……そんなもの、残ってていいのか」
「いいかどうかは、わからない」
正直な答えだった。
「でもね、消そうとしても無理だと思う」
「……」
「だから、教会は怖がる」
アリアは、はっきりと言った。
「制御できない力じゃなくて、
制御しようとしていない心を」
ルカは、苦く笑う。
「期待されても困るんだよ」
「期待?」
「癒せ。救え。聖女だ。奇跡だ。
……そんなの、俺には重すぎる」
沈黙。
外で、風が木々を揺らす音がした。
「……ねえ、ルカ」
「なに」
「もし」
アリアは、少しだけ言い淀む。
「もし、誰もあなたに“癒せ”って言わなかったら」
ルカは、答えなかった。
「誰も期待しなくて、
誰も聖女だなんて呼ばなくて」
アリアは、そっと言う。
「それでも……生きる?」
ルカの胸が、軋む。
しばらくして、ようやく口を開いた。
「……わからない」
正直な答えだった。
「でも」
ルカは、アリアを見る。
「少なくとも……
もう一度、祈ってしまうと思う」
アリアは、微笑んだ。
それは聖女候補としての微笑みではなく、
一人の少女の、安堵だった。
「それで、十分だよ」
立ち上がり、扉へ向かいながら言う。
「次は、静かじゃ済まない」
「……教会か」
「うん」
アリアは振り返る。
「でも、その前に一つだけ言っておくね」
「?」
「あなたの癒しで、助かった人たち」
少し照れたように、でも真剣に。
「――ちゃんと、生きたいって言ってた」
扉が閉まる。
静けさの中、ルカは目を閉じた。
期待されるためじゃない。
救うためでもない。
それでも、祈ってしまう自分を――
初めて、少しだけ許せた気がした。




