幕間 神々の囁き
世界の裏側には、祈りの届かない場所がある。
そこは天でも地でもない。
概念だけが漂う、癒しの神々の座。
「……あの子は、危なかった」
一柱が、静かに言った。
彼女の声は水のようで、触れれば心を撫でる。
「心が、壊れる寸前だった」
「祈りではない」
別の神が応じる。
「怒りだ。悲嘆だ。
生きる理由を失った魂の、最後の噴き出し」
神々は、ルカを“見て”いた。
戦場で立ち尽くす幼子を。
死体の間で声もなく震える姿を。
助けを求めることすら、諦めていく過程を。
「癒しが、必要だった」
「だから、与えた」
「一柱では足りないと思った」
沈黙。
それが、過ちだった。
「……重ねすぎた」
「本来、分散されるはずの加護が」
「一人の器に、集まってしまった」
光が、揺れる。
それは後悔か、それとも恐れか。
「だが」
最も古い神が、口を開いた。
「我らは間違ってはいない」
「壊れゆく魂を、見殺しにしなかった」
「結果が“聖女の加護”として確定しただけだ」
「……男の身で?」
誰かが、問いかける。
「だからこそ、世界が試される」
神は淡々と告げた。
「これは祝福ではない」
「救済でもない」
「――観測不能な例外だ」
神々は理解していた。
この少年は、希望ではない。
秩序を正す存在でもない。
ただ――
「生きることを、諦めかけた子だ」
誰かが、優しく言った。
「だから、壊れる前に支えただけ」
沈黙の中、最後の言葉が落ちる。
「人は、彼を聖女と呼ぶだろう」
「異端と呼ぶだろう」
「兵器として欲しがる者も現れる」
「だが」
光が、遠ざかる。
「選ぶのは、彼自身だ」
「生きるか」
「癒すか」
「――それとも、何も選ばないか」
神々は、それ以上手を出さなかった。
それが、
“癒し”を司る者たちの、唯一の矜持だった。




