聖女候補と目覚め
光は、祈りの形をしていなかった。
それは叫びだった。
抑えきれなかった感情が、形を持って噴き出したもの。
「……やめ……」
ルカの声は、誰にも届かなかった。
礼拝堂を満たす聖光は、先ほどとは比べものにならないほど強く、荒れていた。
癒しの力であるはずなのに、まるで嵐のように空気を震わせる。
「危ない、離れて!」
修道女たちが後ずさる。
床に伏せていた修道女の身体は、完全に癒えていた。
骨折も、内臓の傷も、まるで最初から存在しなかったかのように。
――完璧すぎる。
「こんな癒し……聞いたことがない……」
だが、その代償はすぐに現れた。
「……あ……」
ルカの視界が、白く染まる。
胸が、焼けるように痛い。
心臓が、聖力を押し出すための器になってしまったかのようだった。
「止まれ……!」
誰かの叫び。
だが、力は止まらない。
癒しの神々の加護は、哀れみから重ねがけされた。
その結果――一人の人間の器には、明らかに過剰だった。
「……っ、が……」
膝が砕けるように床に落ちる。
息が、できない。
――ああ。
ここで終わるなら、それでいい。
そう思った瞬間。
「――《彼の者を癒したまえ》」
澄んだ声が、嵐を切り裂いた。
次の瞬間、まったく異なる癒しの光が、ルカを包む。
荒れ狂う聖力を、優しく“上書きする”ような感覚。
暴走が、止まった。
光が、静かに収束していく。
「……?」
ルカの意識は、深い水底から浮かび上がるように戻ってきた。
ゆっくりと、瞼を開く。
視界の先にいたのは、年の近そうな少女だった。
淡い金髪。
白と青の聖装。
胸元には、正式な聖女候補の紋章。
「……大丈夫?」
少女は、少し困ったように微笑んだ。
「急に倒れたから、びっくりしたよ」
「……ここは……」
「修道院。
私はアリア。聖女候補」
その言葉に、周囲がざわめく。
「せ、聖女候補様……!」
「本当に派遣されてきた……」
アリアは小さく肩をすくめた。
「教会から“異常な癒しの反応”があったって聞いてね」
そして、ルカをじっと見る。
その目には、恐れも嫌悪もなかった。
あるのは、純粋な――戸惑い。
「ねえ……あなたが、癒したの?」
「……違う」
ルカは、かすれた声で答えた。
「俺は……祈っただけだ」
アリアは黙り込み、そっとルカの胸に手を当てる。
聖力を、探る。
「……おかしい」
小さく、呟く。
「加護の質が……一つじゃない」
その場の空気が、凍りついた。
「しかも、これは……
聖女の加護そのもの」
修道女の一人が、震える声で言った。
「……ですが、男の子です」
「ありえません……」
アリアは、ゆっくりと顔を上げた。
そして、はっきりと言う。
「ありえない、で済ませられるなら」
ルカを見る。
「教会は、私を寄越さないよ」
その瞬間、ルカは悟った。
――逃げられない。
祈っただけのはずなのに。
生きる気力を失っただけなのに。
それでも、神は彼を選んでしまった。
「……面倒なことになっちゃったね」
アリアは苦笑しながらも、手を差し出す。
「でも、放っておけない。
あなた、壊れかけてる」
ルカは、その手を見つめた。
救いか。
監視か。
わからない。
ただ一つ確かなのは――
男の身で“聖女の加護”を持つ少年と、正統な聖女候補の少女が出会った瞬間、物語は引き返せなくなったということだった。




