判断
結界が張られた医務室は、
異様な静けさに包まれていた。
外では授業が続いている。
だがこの部屋だけ、
時間が切り取られたように隔離されている。
簡易ベッドの上で、
ルカは意識を失ったまま横たわっていた。
呼吸は安定している。
だが、その身体の奥では――
未だ、測定不能な魔力反応が微かに揺れている。
「……記録、以上です」
教頭は手元の資料を閉じ、淡々と報告を終えた。
感情のこもらない声。
だが、その内容は重かった。
「感情が安定している状態では、
力は極めて穏やかです。
制御精度は、歴代の聖女候補と比べても
異常なほど高い」
校長が、静かに問い返す。
「では、なぜ暴走した」
教頭は一拍置いた。
「過去の記憶です」
その一言で、空気が張り詰めた。
「幸福だった頃の記憶を辿っている間は
問題ありま. せんでした。
しかし――」
教頭の視線が、ルカへ向く。
「死。
喪失。
無力感」
言葉を選ばず、続けた。
「戦争孤児としての記憶に到達した瞬間、
感情が耐えきれず、力が暴走しました」
校長は目を伏せる。
「感情が……引き金か」
「はい」
教頭は断言した。
「この子の能力は、感情と直結しています。
安心、喜び、誰かの存在――
それらがある限り安定する。
逆に、孤独や絶望を想起した瞬間、
制御は不可能になる」
沈黙が落ちた。
その重さは、
単なる訓練失敗ではないことを示している。
「つまり」
校長が、低く言う。
「一人にしてはいけない」
「その通りです」
教頭は迷いなく頷いた。
「この力は、本人の意思だけでは制御できません。
感情を現実に繋ぎ止める“錨”が必要です」
その言葉に、
自然と、視線が一箇所に集まった。
部屋の隅。
アリアが、立ち尽くしていた。
少し前まで――
泣きながらルカを抱きしめていた少女。
「……アリア・セルフィナ」
校長が静かに名を呼ぶ。
「君が触れた瞬間、暴走は止まった」
アリアの肩が、小さく震える。
「わ、私は……ただ……」
「意図的である必要はありません」
教頭が続けた。
「結果として、
君の存在が彼を現実に引き戻した」
それは評価でも称賛でもない。
事実の確認だった。
「結論を述べます」
校長が教師たちを見回す。
「二人を切り離すことはしない」
一拍。
「同室。
行動は原則同伴。
訓練、生活、すべてにおいて例外は設けない」
教頭が補足する。
「これは特別扱いではありません。
安全管理です」
逃げ道は、最初から用意されていなかった。
アリアは、唇を噛みしめる。
責任の重さに、息が詰まりそうになる。
そのとき。
ベッドの上で、ルカが微かに身じろぎした。
だが――
目は、開かない。
彼は知らない。
自分がどれほど危うい存在か。
誰が、どんな言葉で彼を引き戻したのか。
覚えていない。
アリアは、そっとルカを見つめた。
(……一人じゃない)
(あなたには、私がいる)
無意識に吐いた言葉が、胸に刺さる。
それを彼が覚えていないことに、
安堵と、痛みが同時に込み上げた。
この瞬間から。
二人の距離は、
個人的なものではなくなった。
――学園の判断として。




