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壊れる前に、手を伸ばして

白い訓練室。

 床に描かれた魔法陣の中央で、

 ルカは静かに座っていた。

「いいか」

 教頭の声は、いつもより慎重だった。

「今日は“感情を揺らす”」

「……揺らす?」

「制御とは、

 感情を消すことじゃない」

 校長が続ける。

「揺れたまま、沈まないことだ」

 ルカは、ゆっくりと頷いた。

「では始める」

 結界が、閉じる。

 視界が――歪んだ。

 最初に見えたのは、

 暖かい光だった。

 土の匂い。

 笑い声。

 ――まだ、何も失っていなかった頃。

「……あ」

 小さな家。

 粗末だけど、壊れていない食卓。

 母の背中。

 兄の声。

 誰かが、頭を撫でてくれる感触。

 胸が、じんわりと温かくなる。

(……幸せだった)

 魔力が、穏やかに流れ始める。

 訓練室の外。

「安定している」

 教頭が、驚きを含んだ声で言った。

「感情はある。

 だが、沈んでいない」

 校長も、頷く。

「……やはり、

 “幸せ”は支えになる」

 ルカの周囲の光は、

 柔らかく、制御されていた。

 ――だが。

 景色が、進む。

 笑顔が、遠ざかる。

 音が、歪む。

 炎の匂い。

 悲鳴。

「……やめ」

 ルカの声は、掠れていた。

 地面に、倒れる誰か。

 動かない手。

 血。

 次々と――

 死んだ情景が、重なっていく。

(……違う)

(思い出すな)

 胸が、締め付けられる。

 温かさが、

 一気に冷たく反転する。

「魔力反応、急上昇!」

 教頭が叫ぶ。

 結界が、軋む。

 光が――

 癒しではない色に変わった。

「止めろ!」

 校長が叫ぶ。

 だが、ルカの意識は――

 もう、そこにはなかった。

「……俺は」

 掠れた声。

「……全部、

 守れなかった」

 感情が、臨界を超える。

 魔力が、暴走する。

 結界に、亀裂。

「――ルカ!」

 叫んだのは、アリアだった。

 彼女は、結界の中へ飛び込む。

「待て!」

 止める声を、無視して。

 崩れ落ちそうな光の中で、

 アリアは――

 意識のないルカを抱きしめた。

「……やめて」

 震える声。

「お願いだから……」

 涙が、頬を伝う。

「一人じゃない!」

 強く、強く抱きしめる。

「一人じゃない!!」

 叫びだった。

「あなたは……

 一人で背負う必要なんてない!」

 胸に顔を埋め、

 嗚咽混じりに言葉が溢れる。

「私がいる……!」

「あなたには、私がいる!」

「だから……

 行かないで……!」

 その声が――

 届いた。

 暴走していた光が、

 わずかに、揺らぐ。

 ルカの指が、

 微かに動く。

「……ア……」

 名前にならない音。

 魔力が、急速に沈静化する。

 結界が、静かに閉じた。

 床に、二人は倒れ込んだまま。

 アリアは、

 ようやく我に返り――

 自分が言った言葉を、思い出す。

「……っ」

 顔が、真っ赤になる。

 だが、

 抱きしめる腕は、離さなかった。

 校長は、深く息を吐いた。

「……確信したな」

 教頭が、静かに言う。

「彼の力は、

 孤独で暴走し

 繋がりで止まる」

 ルカは、まだ眠っている。

 その胸に、

 アリアの涙が、静かに染みていた。

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