幕間 校長と教頭だけが知っている
聖女候補学校・校長室。
窓から差し込む光は柔らかい。
――だが、空気は張りつめていた。
「……確認する」
校長は、額に手を当てたまま言った。
「“例の聖女候補”は、今日到着する」
「はい」
教頭は、手元の書類を見ずに答える。
「男です」
「男だな」
「ええ。生物学的に」
二人は、深いため息を同時についた。
「教職員全体には?」
「知らせていません」
「正解だ」
校長は即断した。
「知られた瞬間、教育ではなく“観察対象”になる」
「生徒に知れ渡れば、
信仰か嫉妬か恐怖か――どれかに転ぶ」
「どれも面倒だな」
「ええ、とても」
教頭は、ちらりと壁の時計を見る。
「……来ます」
ノックの音。
「失礼します」
扉が開き、アリアが入ってくる。
そして、その後ろ。
校長と教頭は――
一瞬、言葉を失った。
「……」
「……」
そこに立っていたのは、
淡い色の服に身を包んだ“少女”。
整った顔立ち。
癒しの気配を自然に纏った、聖女候補そのもの。
――ただし。
「……君が、ルカか」
「……はい」
声で確信する。
校長が、即座に立ち上がった。
「教頭」
「はい」
「引っ張れ」
「了解です」
「え?」
ルカが困惑する暇もなかった。
左右から腕を掴まれ、
そのまま隣室へ連行される。
「ちょ、ちょっと待て!」
「待てない」
教頭が真顔で言う。
「その歩き方」
「え?」
「男です」
「っ!?」
部屋の扉が閉まる。
アリアは、外で待たされた。
*
隣室。
姿見の前に立たされるルカ。
「いいか」
校長は、腕を組んで言う。
「外見は……合格だ」
「だが」
教頭が続ける。
「仕草が全部アウトだ」
「え?」
「立ち方」
「視線」
「肩の力」
「歩幅」
指折り数えられていく。
「全部、“男”」
ルカは、思わず叫んだ。
「無理だろ!?」
「無理ではない」
校長は、即答する。
「覚えればいい」
「学園では、
“違和感がないこと”が最大の防御だ」
教頭が、ルカの肩を軽く押す。
「まず、立ち方」
「重心を、少し内側」
「膝を固めない」
「腰で歩かない」
「……なんでそんなに詳しいんだ」
「仕事です」
次に、校長。
「座るとき」
「足を開くな」
「無意識にやるな」
「今やったな?」
「やってない!」
「今」
「っ……」
二人は、容赦がなかった。
「声」
「語尾」
「相槌」
「笑い方」
「全部、矯正する」
「今日中に?」
「今日中に」
ルカは、天を仰いだ。
「……俺、聖女の修行に来たんだよな?」
「そうだ」
「なら、なんでこんな……」
校長は、静かに言った。
「生き残るためだ」
その言葉で、空気が変わる。
「ここは学園だ」
「だが、安全地帯ではない」
「君が男だと知れた瞬間、
守ろうとする者より、
“試そうとする者”が増える」
教頭が、頷く。
「だから、我々は味方だ」
「少なくとも――
教職員の中ではな」
ルカは、黙った。
そして、小さく言う。
「……教えてくれ」
「うん?」
「ちゃんと……演じるから」
校長と教頭は、視線を交わす。
「……いい覚悟だ」
「では、次」
教頭が指を鳴らす。
「微笑みの練習」
「え?」
「癒しの聖女は、
困ったときほど笑う」
「泣くな」
「睨むな」
「照れろ」
「無理だ!」
「やれ」
その日、
ルカは“力”ではなく
“存在そのもの”を教え込まれた。
それが、
彼を守る鎧になるのか、
壊す仮面になるのか。
それを決めるのは、
まだ少し先の話だった。




