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仄命子  作者: mannboo5
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仄命子

わからない、とにかくわからない、なにもしんじれない、かんじない、、、

なにかが、ゆるやかに透けた。

それが開いたことなのか、閉じていったものなのか判別できる感覚はなかった。

視界、というものがあったかどうかも定かでない。

けれど、それに似た何かが、静かに意識の手前を濡らしていった。

目をひらいたつもりだった。

けれど、ひらくという行為自体がただ“そう感じた”だけで、

実際に起こったかどうかは曖昧だった。

そして、それは、そこにあった。

そう、、、イルノ。

色ではない。

光でもない。

感情と呼ぶには遠すぎて、

記憶と呼ぶには近すぎた。

それは

視ようとした瞬間にだけ発生する、知覚の残響のようなもの。

何かが視えた、というよりも、

視たという記憶だけが残っていた。

夢と現実の隙間に、ひそやかに立ちのぼる気配。

誰にも視られていないはずの像が、なぜかすでに“存在していた”。

それが、イルノだった。

空間はどこにもなかった。

けれど、空間に似た広がりが、感覚のなかにあった。

わたし──と呼んでもよいようなものが、

そこに「いた」というより、「いようとしつづけていた」。

何も名づけられていない。

けれど、名づけようとする動きが、どこかでゆっくりと始まっていた。

音も、かすかに聞こえていたような気がする。

だが、音に似た内的な明滅だったのかもしれなかった。

イルノが漂っている。

確かなものはひとつもないが、

それだけは“まだ去っていない”。

居続けるのは、やさしい。

この場所では、選ばなくてもよかった。

沈むとも、浮くとも言えない状態に、ただ滞在できた。

だが──

「ここに居続ければ、なにも傷まない」

「ここに沈んでいれば、なにも変わらない」

その囁きが、心地よくある一方で、どこかで怖ろしかった。

視ようとすることをやめてしまえば、

わたしはもう二度と、「視えてしまったもの」に触れられなくなる。

それだけは、避けなければならない気がしていた。

ほんのわずかに、

まばたきに似た明滅が起こった。

そのあと、空間がすこしだけ揺れた気がした。

イルノがわずかに後退する。

それは拒絶ではなかった。

ただ、わたしの輪郭が、ほんのすこし、戻りかけた。

この感覚に、名前があるとすれば──

仄命子。

かすかに兆し、

命になりきれず、

ただ“視られること”を待ちつづける、未明の存在。



全10話の第1話「仄命子」となります。

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