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35話(74話) 港に咲く一輪の花

「ウォルジー……。今日な、お前に渡したいものがあるんだ」 

「……私に……?」



 そう言ってジニは手の震えを抑制し、鞄から綺麗に包装されたイヤリングの入った小箱を取り出す。


「エラ様、これは……?」

「ああ。どうか、受け取ってほしい……」

 

 マーシアは包みを剥がし、小箱を開ける。



「…………」



 彼女は小箱の中のイヤリングを、呆けたようにジッと見つめる。

 

「これは、もしかして……。チャーム・ガーネットのイヤリング……」

「……うん」


 ジニは唾を飲み込み、マーシアを見遣る。 

 彼女は依然まじまじとイヤリングを見つめ、やがてふいにそれを手のひらにのせた。


「こちら、付けてもよろしいですか?」

「……! うん、勿論……!」


 マーシアは街灯の灯りの下で手鏡を取り出すと、イヤリングを装着し、長い髪を耳にかける。


 彼女は鏡をしまうと、ジニのほうを振り向いた。



「……どうでしょう」


「…………っ」



 はにかみながら尋ねるマーシアのその姿に、ジニは目を奪われる。


 夜景を背に佇む、愛らしく可憐な少女。

 その耳元で輝くのは、彼女の内面のように清雅な、赤く輝くガーネット。



「……すげぇ、綺麗……」

 

 

 それ以外、言葉が何も見つからなかった。



「…………」



 マーシアはジニの言葉に一瞬目を見開くと、徐に口を開いた。

 

「……先日、夢を見ました」

「夢……?」

「はい。夢の中にこのイヤリングが出てきて、私はそれを身に付けたんです。すると、エラ様。あなたも夢に現れました。夢の中のあなたは、イヤリングが似合っていると私を褒めてくださったんです。それがとても嬉しくて、私は夢の中で相好を崩してしまって……」


 マーシアはふふっと笑みを溢し、言葉を続けた。


「そしてその直後、あなたは再度私に何かを伝えようとしてくれたのですが、残念ながら、光に包まれ消えてしまったんです……」


 マーシアは、ジニの瞳に笑いかける。


「ですが今、夢の中のあなたが最初におっしゃっていた言葉がようやく分かりました……。あの夢は、今この瞬間の出来事を、私に伝えてくれていたんですね……」


 ふいに、彼女の目から涙が零れた。

 だがそれは、先程の恐怖からくるものなどではない。


「こんなに素敵な贈りものをいただけて、私とても幸せです……。何よりも、あなたと私、同じ宝石で繋がっていられることが、凄く、凄く嬉しい…………──ッ?!」


 突然ジニに抱きしめられ、マーシアは驚きのあまり言葉を失う。



「ウォルジー、好きだ」


「…………!」



 ジニの口から紡がれた言葉に、マーシアは全身に電流が走るような衝撃を覚えた。

 


「好きだ、ウォルジー……。いつだって人のことを思いやれる、優しいお前が大好きだ……」

「……エラ様……」


 マーシアの揺れる瞳に映るジニは、痛いほどに真っ直ぐ彼女を見据える。

 


「ウォルジー……。どうか、俺の恋人になってください」


 

 その言葉に、マーシアには迷うことなど何もなかった。



「はい……!」



 彼女は、ジニの背中に腕を回した。

 互いの熱が、直に伝わる。


「エラ様、私もあなたが大好き……。あなたの笑顔も、素直なところも、一生懸命なところも、全部大好き……」  

「…………っ」


 マーシアを抱くジニの腕力が、一層強まる。

 彼女は耳元に、彼が鼻を啜る音を聞いた。


「エラ様、涙が……」

「……!? んな゛っ、泣いてねぇよ……! 泣いて、なんか……!」

「……ふふ」


 マーシアがジニの濡れた頬を指で拭うと、二人は目を細めて笑い合う。

 すると、彼女の瞳からも再び涙がポトリと零れる。


「今日は、泣いてばっかりな日になっちゃったな」

「いいんです。今のは、嬉し涙なんですもの」


 恥ずかしげに視線を逸らすマーシアの頬に、ジニは小さな口付けを落とす。

 現実味のない柔らかな感触に、マーシアは思わずくすぐったそうに笑う。



「何だかまだ、夢の中にいるようです……」

「へへっ、俺も。一緒だな」



 互いに視線を交わし、唇が重なる。

     

 徐々に込み上がる実感。



 この日、晴れて二人は、愛しい者と想いを結んだ。

 



 ****




 少しだけ、潮風が肌寒い。

 二人は肩を寄せ合うと、まばらに煌めく摩天楼の夜景を眺めた。

 互いの温もりに、二人は心が満たされるような気分になる。

 

 

「あ゛ーーーーッ!!!!」



 そんな雰囲気をぶち壊さんばかりに、ジニは血相を変え、突然の大声を発した。

 

「どっ、どうなさいました?!」

「ダンスだよっ、スウィング・ダンス!! さっきのゴタゴタで俺とお前、結局二人で踊れてねぇぞ!!」

「あっ……!」


 マーシアはあんぐりと口を開ける。

 

「いっ、一番楽しみにしてたのに……! 何だよ、何だよ!! ほんっとうにアイツら、一生許さねぇからな!!」

「まあまあ……。残念ですけれど、また今度、別のボールルームへいって踊りましょう。二人の時間は、これからたくさんあるのですから……ねっ?」

「うええぇん…………」


 マーシアに宥められ、ジニはしょげた顔で項垂れる。


「私も、次回までにダンスをさらっておかないといけませんね。うふふっ、お家の()()()で、スウィング・ジャズを流しながら練習してみようかしら……」

「……?」


 マーシアの発言に、ジニの耳がピクッと動く。



「蓄音機?」



 瞬間、思い出した。


 今日、()()()()()自分が持ってきた、代物(あれ)を。



「──まあっ!」



 マーシアは目を丸くし、ジニの出した【一人オーケストラくん】に歓声を上げる。


「それっ!」


 ジニが手を叩くと、棒状の本体に接続されている楽器を持った腕が、二本一組で宙に浮かび上がった。


「いいか、とびっきり最高のジャズを頼むぞ」


 一人オーケストラくんの腕達にそう指示すると、彼らは楽器を揺らし、演奏を開始した。



「ウォルジー」



 ジニはマーシアに向かってニカッと笑うと、手を差し出す。



「はい!」



 マーシアは彼の手を取り、笑顔で応えた。



 ──静かな夜の港に、情熱と活気の溢れるスウィング・ジャズの演奏が響き渡る。


 その音楽の下で、二人の若い魔法使いは潮風を身にまとい、流行りのダンスに興じた。


 ぎこちなく踊るマーシアの背をジニが支え、彼女をリードする。

 踊る度にひらりと舞うマーシアのワンピースは、まるで黄色い花弁のようであった。


 

 都会の片隅で、二人きりの賑やかで楽しい時間が過ぎていく。

 尽きることのない笑顔が、夜の港を煌々(こうこう)と照らした。



 それは、二人の在りし日の、忘れ難い思い出。



 愛に生きた彼らの、初々しくも幸せな思い出──。

 


【第二部・完】


ここまでご覧いただき、ありがとうございます。

これにて第二部終了、一度目のハッピーエンドとなります。


第三部からは、本作のメインテーマでもある『愛と成長』の要素が、全体を通して色濃くなっていきます。


悪ではない。

けれど、ジニとマーシアにとっては敵となる人物も出てまいります。


本作は、どんな逆境が待ち受けようとも、愛のために生きた二人の若い魔法使いのお話です。

彼らの成長を、今後も見守っていただけたら嬉しいです。

 

第三部開始まで、お時間ちょうだいいたします。

再開まで、もうしばらくお待ちください。

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