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34話(73話) あなたと一緒に


 ****




「警察だ、そこを通しなさい」



 男らの騒ぎから数分後、ボールルームに通報を受けた警察が到着した。


「け、警部! コイツら、婦女暴行の容疑がかかっている連中じゃ……!?」

「ああ、間違いない」


 ジニにやられ完全に伸びている二人を、警察はじっと見つめる。

 捜査の目をかわし、中々尻尾を掴ませなかったしぶといヤツらが、とうとうここにお縄となるのだ。


「それにしても……」

「ああ……」


 警察は、改めて伸びる二人を困惑して見つめる。


「何だか、凄いことになっていますね……」

「ああ……。こりゃあ、魔法使いの仕業……かぁ?」


 警察らの目線の先にいる男二人は、グランドピアノの屋根と響板の間に挟まり、あぐあぐとピアノ(かれ)に噛まれ続けていた。


 何かの比喩とかではない。

 本当の本当に、バッタンバッタンと上下する屋根にずっと噛まれているのだ。


「……ま、逮捕出来てラッキーってことで」

「……ああ」


 警察の二人は、それ以上考えることをやめた。



「──……あっ! 出てきたぞ!」



 警察に取り押さえられた男達がボールルームから出てくるや否や、待ち構えていた記者(マスコミ)が彼らに大量の照明を浴びせる。

 警察の制止もお構いなしだ。



 そんな事件の終幕を見ようと集まる野次馬達から遥かに逸れた裏口で、ジニとマーシアはボールルームの支配人に外へと連れ出されていた。


「何で、俺らまで追い出されなくちゃなんねぇんだ!!」


 悪を成敗したのに、こんな理不尽な扱い。

 ジニは納得いかず、支配人を睨む。


「君のことは、()()()()()()から聞いた。ボールルームの秩序を乱す輩に制裁を加えてくれたこと、誠に感謝している。だが、君がしたことは、側から見れば乱闘騒ぎに他ならない。それに、楽器にも多数の損害が出ている。……言いたいことは分かるか? 君の行いには目をつぶる。その代わり、今後ここには足を踏み入れないでほしい」

「うっ……」


 支配人の主張はもっともであった。

 ジニは口を噤み、彼に頭を下げる。


「……はい、すいませんでした……」

「頼むから、次に悪党を捕まえる時は、もっと穏便な方法でやってくれ。その都度楽器を犠牲にしているようじゃ、たまらないからな」


 そして支配人は小さな溜め息を吐くと、佇む二人を一瞥し、扉を閉めた。



「…………」



 支配人の温情により赦されたが、マーシアを助けるためだったとはいえ、やりすぎた。

 ジニは項垂れ、鉛のような身体をマーシアのほうに向ける。


「ウォルジー……大丈夫か?」


 混乱が終わり、ようやくマーシアに声をかけることが出来た。

 ジニは依然として身体を竦める彼女を案じ、柔い声音で問いかける。


「はい……もう、大丈夫です……。エラ様、助けていただいて……あり、がとう……ござい、ます……」


 平静を装ったマーシアの声は徐々に震え、その瞳からは、一粒の雫が溢れ落ちる。


「あ……」


 勝手に溢れ出る涙は、止めようにも止められない。


「す、すみません……。こ、こんな……こんな……」


 ぼやける視界に映るジニの表情は、眉を顰めている。彼を困惑させてしまったと思い、マーシアは咄嗟に謝罪の言葉を口にした。


「……すみません、なんかじゃねぇよ……」


 ジニもまた、震える声を必死に抑え、マーシアを見据える。


「ウォルジー、怖かったよな……。あの時、俺がすぐ戻ってたら……。ごめんな……。本当に、ごめん……」

「そんな、謝らないでください……。エラ様は、何も悪くありませんもの……」


 目に溜め込んでいるものを流すまいと我慢しているせいで、ジニの喉はズキズキと痛む。

 掠れた声を出すのがやっとであった。


「……ひとまず、ここから離れよう。それでどっか、落ち着けるとこに……」


 何とか声を振り絞ると、ジニはマーシアと共に表通りへ向かおうとした。


 すると、静かな路地裏に、微かな汽笛の音が届く。


(そっか……。そういやここ、港に近いんだったな)


 当初の予定の何もかもが夢に変わってしまった今、普段は心地良い汽笛の音も、今は虚しく心に響くだけ。ジニは唇を噛み締めた。


「汽笛の音色が、聴こえてきますね……」

「ああ、そうだな……」


 マーシアは涙の浮かぶ瞳を閉じ、汽笛に耳を澄ませる。

 その脳裏には、かつて二人で海を眺めた思い出が映されていた。


「……エラ様。また、港へ行ってもよろしいですか?」

「え……」

「お願いします……。どうしても、あなたと一緒に、海を見たいんです……」

「…………」


 マーシアの潤んだ瞳が、ジニを見据えた。

 彼の胸の熱が、熱く広がる。



「……分かった、行こう」



 そして、二人は自然に手を取ると、夜の港へ向かった。




 ****




 包み込まれるような波の音に混じり、二人の足音が、静まり返った港に響く。


 

「……海、真っ暗だな」


 

 柵にもたれかかり、怖いくらいに黒々とした海を見たジニは、そう呟く。

 街灯の光が当たる場所だけが、波の動きをやっと認識出来た。


「いいんです、真っ暗で何も見えなくても……。あなたと一緒にここにいられることが、何よりも一番落ち着きますから……」


 先程まで小刻みに揺れていたマーシアの手も、今はすっかり震えが収まっている。

 

「……もう、怖くないか?」

「はい」

「そっか、よかった……」


 ジニは空いている片手を、マーシアの手に重ね、優しく包み込む。

 温かいその温もりに、彼女は心からの安堵を得た。


 摩天楼の夜景が、二人を淡く照らす。

 すると、ジニがふいに言葉を発した。

 

「……ウォルジー。俺、今日全然お前を楽しませてあげられなかったな……」

「えっ……?」


 海に目を落とすジニの憂いた横顔を、マーシアはハッと見つめた。

 彼の紫色の瞳が、揺れているように見えたのだ。


「実はな。俺、今日すげぇ緊張してたんだ。一日の予定考えて、ああしようこうしようってバッチリ決めてきたはずなのに……。それでも、心の中にずっと緊張が付きまとっててさ。だから、せめてボールルームでだけでも緊張を忘れて、楽しくダンスしようって決めたんだ。なのに、楽しむどころか、結局こんなことになっちまって……」

「……エラ様……」


 マーシアは、ようやくジニがおかしかった原因を知った。

 

 彼は、ずっと自分のことを考えていてくれたのだ。

 自分が今日という日を楽しめるようにと、ずっとずっと意識して。



「……私は、楽しかったですよ」



 マーシアは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。



「とても、楽しかったです。ご飯を食べている時も、百貨店でお店を見た時も、ボールルームでダンスを教わった時も。ずうっと、楽しかったです。だって、こんなにも長い時間を、あなたと一緒に過ごせたんですもの……」

「……ウォルジー……」


 互いの瞳が交わる。

 その眼差しは真摯でどこか柔らかく、愛しい者へと向けられるものであった。



「ウォルジー……。今日な、お前に渡したいものがあるんだ」 

「……私に……?」



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

次話で第二部完結となります!


ブックマークや評価など、大変執筆の励みになります。面白いと思っていただけたら、ぜひよろしくお願いいたします。


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