33話(72話) マーシアの想い
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「ねぇ、君。こんなところに座っちゃってさ。あっちで踊らないの?」
「……えっ?」
ジニがカウンターへ向かってからすぐ。
マーシアは突然二人組の男性に声をかけられ、おずおずと声の先を見上げた。
(この方達は……?)
どちらともシャンとしたスーツに身を包んでおり、清潔感溢れる身なりをしている。
片方は金髪の七三ヘアの男性で、もう片方は整髪剤で艶めく茶髪が特徴の男性。
一言で彼らを表すのなら、爽やかという言葉が最も適切だろう。
だが──。
「……はい。今、同伴の方が飲み物を取りに行ってくださっているんです。ですので、彼が戻られてから、ダンスを再開しようと……」
二人は見てくれこそ優男だが、マーシアには自分を見つめる彼らの瞳に、凍てつくような冷たい光が宿っているように思えた。
思わず椅子から立ち上がると、マーシアは身体を竦める。
「ふーん、そうかぁ。実は僕達、少し前から君のこと見てたんだ。何て清楚で品のありそうな子なんだろう、って……。そして、何でも言うことを聞いてくれて、実に従順そうだなぁ、って……」
「っ……!」
ふいに、金髪の男がマーシアの首筋に手を伸ばす。彼女は絶句し、咄嗟に身をそらした。
「ははは、怖がらなくていいよ。僕達、大人しい子大好きだから」
「……っ、あ、あのっ……。そ、そろそろ彼が戻ってくる頃ですので……。わ、私……失礼しないと……」
身の危険を感じ、マーシアは恐怖から、人混みの中へ逃げ出そうとした。
「怖がらなくてもいいって言ってるだろう」
「……!」
だが、茶髪の男に壁際へと追いやられ、マーシアは逃げ道を失う。
「戻ってくる彼ってのは、あれだろ? 派手な髪色した、学のない軽薄そうな男。あんなヤツ、君には似合わないよ」
「そうそう。出自も大したことなさそうだし、とてもじゃないが釣り合っているように見えない。君には、僕達のような美丈夫がお似合いさ」
「……っ! なっ……!」
ジニを嘲笑するかのような二人の発言に、マーシアは頭に血が上る感覚を覚える。
「そんな酷いこと、おっしゃらないで……!」
「……はぁ?」
その一瞬、マーシアは恐怖を忘れた。
ただ、自分の慕う相手を馬鹿にする彼らが許せず、込み上げた怒りが口を衝いて口から溢れた。
「……彼は、確かに調子の良い方ですし、お勉強も苦手かもしれません。ですが、彼はいつだって全力です。たとえ挫けることがあっても目標に向かって全力で励み、時には体調を崩し、動くことすら出来ない者を全力で助けてくれる。そんなことが出来る、素敵な方なんです……。で、ですから、彼のことを何も知らずにそんなことをおっしゃるのは、やめてください……!」
ジニの長所も短所も、これまでたくさん見てきた。だからこそ、彼のことが大好きなのだ。
マーシアは声を震わし、二人に訴える。
「……ふーん……」
マーシアを見つめる二人の瞳は、冷然としたものに変わる。
そして、金髪の男はやおらに口を開いた。
「……口答えする子、嫌いなんだよな」
「……! やっ……!」
そう言うや否や、彼はマーシアの両腕を力強くで押さえ、悪意に満ちた鋭い眼光でマーシアを睨む。
「もういい、手順を踏むのも面倒だ。おい、コイツ連れて出るぞ。生意気な口聞いたこと、後悔させてやる」
「ああ、そうだな」
「いや……っ! お、お願いです……! やめてください……!」
マーシアは腕を振り解こうとするが、男の力には敵わず、より強く掴まれる。
周りに助けを求めようにも、皆は音楽と踊りに夢中でこちらに気付く様子はない。
さらには恐怖で頭も回らず、抵抗出来そうな魔法を使う余裕もない。
「さっ、ゆっくりと楽しもうな。お嬢さん」
「……!」
ニタリと口角を上げる二人の表情。
そして、この後自分に待ち受ける恐ろしい運命に戦慄し、マーシアは固く目を瞑った。
「──わ゛あっ、何だッ!?」
「……?!」
だが、次の瞬間。
暗闇の向こうで二人が突然叫びを上げた。
驚愕したマーシアは恐る恐る瞼を開け、様子を窺う。
「!」
彼女の目に映ったのは、頭から液体を垂れ流し混乱する、二人の姿であった。
彼らの頭上には、グラスが浮いている。
「くっ……! おいっ、誰だ!! 俺らに飲みもんぶっかけたヤツは!!」
口調を荒げ、二人は怒り心頭で辺りを見回す。
「くそっ、ふざけるんじゃねぇ……! どこのどいつだ? 炙り出して痛い目みせ──……!? だああああ゛ッ!!!!」
「!?」
すると、今度は騒めく衆人の間から、もの凄い勢いでドラムのバチが飛び出してきた。
バチは茶髪の男目がけて突進し、モーラー奏法の見事なバチ捌きで、彼の頭を連打しまくる。
「なっ、何なんだ今度は──……って!? ぎゃああああ゛ッ!!!!」
金髪の男は、同じく飛び出してきたトロンボーンによるスライド菅の凄まじいスライドパワーに巻き込まれ、悲鳴を上げた。
マーシアは呆気に取られながらも、楽器達の見覚えある挙動に、これが彼の仕業だと確信する。
(エラ様……!)
「うっ、ぐぐ……! い、痛ぇ……!」
「ウォルジー!!」
楽器の猛攻に遭いもがく男達の前に、ジニが姿を現した。
彼はマーシアを目で捉えると、一目散に彼女の元へ駆け寄る。
「お前ら……ッ!! ウォルジーに何してくれてんだよ!!」
マーシア庇うように彼女の前に立つと、ジニは怒りと気迫に満ちた表情で、床で悶える二人を見下す。
「はん……っ! 何って、いかにも従えやすそうな女だったから、食ってやるつもりだったんだよ。お前のおかげで、食い損ねちまったが──あいだだだッ!! おい、やめっ……──うがああぁッ!!」
金髪の男が供述を終える前に、ジニは操作の魔法で操ったトランペットのベルを、彼の頭にグリグリとねじ込む。
「ふざけんな!! そんなくだらねぇ理由で、ウォルジーを襲おうとしやがって……!!」
「ッ?! おっ、おい……!? ちょっ、何しやがる!?」
ジニは歯を食いしばり、胸の内から沸き出る憤怒を爆発させると、あるものに向かって操作の魔法をかけた。
操作の魔法がかかったそれは、重い体を左右に揺らし、貫禄たっぷりにドシリとジニの元までやってくる。
「お前らみてぇな節操クソガバ野郎は、コイツが骨も残さず食ってやるよ!! おいっ!! やっちまえ!!」
「ワ゛ーーーーッ!!!!」
男二人は悲鳴を上げ、それの大きな口の中に飲み込まれた。




