32話(71話) ジニの想い
(釣り合って、ない……)
その言葉が、幾度も頭の中を駆け巡る。
心の奥底で漠然と思っていたことを、とうとう言われてしまった気がした。
マーシアは、有名家具屋の令嬢。
片や自分は、精々魔法が使えるくらいの秀でるところなど何もない、一般家庭の出身。
そうなのだ。
自分と彼女は、生まれが違う。
元来釣り合うはずなどないのだ。
(モニカの言ったことは、正しい……。けど、けど……)
ジニは騒つく心臓を押さえ込み、モニカのほうを振り向く。
「……それでも、俺はアイツのことが好きなんだ」
「は? いや、だからぁ。いくら好きだって言っても、お互いが対等に釣り合ってなきゃどうしようもないじゃん。それとも、何? アンタ、あの子の金も目当てだったりすんの?」
「そんなわけねぇだろ! 誰が金欲しさに人を好きになるかってんだよ!」
「…………っ」
ジニの真摯な怒りに、モニカはピクリと肩を震わす。
「えぇ、マジ……? じゃあ、本当に本気なんだ? ビックリ〜、随分と大人の男になっちゃって……」
モニカはジニを小馬鹿にするような物言いに加え、さらに大げさに手振りをしてみせた。
「ああ……本気だよ。ウォルジーのことが好きだから。アイツの笑った顔も、怒った顔も、全部一番近くで見たいから。ずっと、側に一緒にいたいって思うから……。だから、どんだけ俺がアイツに釣り合ってなくても、俺はアイツに想いを伝えるんだ」
「…………」
ジニの覚悟を聞いたモニカの口が、固く閉ざされた。彼を見るその瞳は、微かに揺らぐ。
「……そっ! なら、お好きにどーぞ! 精々、玉砕しないといいですけど!」
「……ああ」
棘のある声音で紡がれるモニカの言葉に、ジニは目を伏せ、頷く。
「はいはい。んじゃっ、呼び止めて悪かったですねー。もう、あの子のとこ行っていいよ。ずうっと待たせてるんでしょ?」
もうお前に興味はないと言いたげに、モニカは指をはためかせ、ジニをあしらう。
「おま……っ、そういうとこ全然変わってねぇな……。ほんっと──」
相変わらず自由奔放な彼女の振る舞いにジニは顔を歪め、口から出かけた苦言を飲み込む。
一旦言い出すと、止まらなくなりそうだと判断したからだ。
「……まあ、いいや。じゃあ、モニカ。俺行くから。いい男、見つかるといいな」
「それはどうも。バイバーイ」
ジニは自分を見もしないモニカに苦々しい顔で一瞥すると、グラスを両手に抱え彼女の元から立ち去った。
「…………」
ジニが喧騒の中に溶け込むと、モニカはカウンターに寄りかかり、自ら頼んだ酒の入ったグラスに口をつける。
モニカがジニと交際をしていたのは、二年前。
共に十四歳の時であった。
若いどころか、まだまだ子供。
本気の恋に未熟な二人は、いわゆるその場のノリというやつでトントンと交際し、その数ヶ月後、あっさりと別れた。
理由は、彼女が他の少年に目移りしたからである。
(何なの……。たった二年で、すっかり大人っぽくなっちゃってさ……)
別れてから、彼を思い出すことなどなかった。
だが、今日男漁りに大都会のボールルームに来てみれば、見覚えのあるテラコッタ色の髪が目に留まり、それが自分の学生時代を彩った内の一人であることに気が付いたのだ。
スーツを着用し、二年前より背も伸びた彼は、自分よりうんと大人の一歩手前を歩んでいるように見えた。
更には自分と正反対の品行方正そうな少女まで連れているものだから、何だか無性に腹が立ち、彼をからかってやりたくなった。
意地悪をしたくなったのだ。
だが、どうやら彼は連れの少女との交際を真剣に考えているらしく、自分の悪意ある言葉になど屈しもしなかった。
あの時の、彼女への想いを語る彼の真っ直ぐな眼差しが頭から離れない。
「……も〜!! ムカつく!!」
余計に腹の底が煮え繰り返り、モニカは一口でグラス内の酒を飲み切ると、勢いよくカウンターに置いた。
その様子を見ていたバーテンダーは唖然とし、口をあんぐりと開けて彼女を凝視する。
「……お客様、何やらお気に召さないことでもお有りですか?」
「大アリだっての!! あ〜も〜!! ムカつく、ムカつく、ムカつく〜〜ッ!! どこにいるってのよ!! アタシの運命の男はああ!!」
「あ、荒れていらっしゃる……」
モニカは拳をカウンターに叩きつけ、ヤケ酒をひたすらに煽ったのであった。
数分後に、ある騒動を目の当たりにするまでは。
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「──だいぶ待たせちまったな……」
元恋人の荒れっぷりなど露知らず、ジニは踊る人々の熱気を浴び、マーシアの元へ急ぐ。
だが、すれ違いざまに聞こえた話し声に、ジニはピタリと足を止めた。
「さっきさ、向こうで女の子が男二人に絡まれてたんだ。男共はどうもしつこそうなヤツらでよ、何か気の毒だったな」
「何よ、それ。見てたんなら、助けてあげればよかったじゃないの」
「無理だよ、あんな意地の悪そうな連中に一人で突っ込んでいけねぇよ。返り討ちにされちまう」
「まっ! アンタったら、意気地なしなんだから!」
「おいおい、そんなこと言うなって」
(…………)
ジニは顔を曇らせる。
(向こうって……ウォルジーが待ってるほうじゃ……)
途端、とてつもない胸騒ぎがジニの心に押し寄せ、気が付けば彼は、もはや駆ける勢いで人々の合間を掻い潜っていた。
誰かと肩がぶつかった拍子に、グラスの中の飲み物が激しく揺らぎ溢れ出る。
「……ッ!!」
そして、辿り着いた先で目にした光景に、ジニは目を見開いた。




