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31話(70話) 予期せぬ再会

「──足を前に二歩出して、後ろにも二歩。そんで、足はこんな感じで捻って……」

「ここを……こう、でしょうか……?」

「うん。そうそう、上手い」


 しっかりとした足取りのジニとは対照的に、マーシアはおぼつかない足を動かし、何とか彼の手本についていく。

 だが着実に、飲み込めてはきているようだ。



「いい感じになってきたな。後は、この動きをテンポアップして踊ってくだけだ。ちょっとやってみるか」

「はい!」


 

 ある程度練習したところで、ジニはそう提案した。

 彼の手拍子に合わせ、マーシアは習った通りに足を交差させ、先程よりも速くステップを踏んだ。


「エラ様、こ、これでどうで──あっ……!」

「!?」


 組み替え時に足がもつれてしまい、マーシアの身体が突如、前のめりに倒れかける。

 

「っ、危ねぇ!」


 咄嗟にジニは、マーシアの身体を右腕で支える。

 おかげで間一髪、彼女は転倒せずに済み、事なきを得た。


「……すすす、すみません。ありがとうございます……」


 ジニの腕が離れ、体勢を整えたマーシアは鳴り止まぬ心臓を揺らし、彼を見据える。


「ああ。それより、大丈夫か? 足挫いたりとかしてねぇか?」

「いえ、エラ様がすぐに支えてくださったので、どこも……」

「よかった……。まあでも、怪我がなかったとはいえ、ちょっと休憩しとくか! 結構踊ってたもんな!」


 ジニはマーシアに明るい声色でそう言うと、飲料の提供されているカウンターがあるほうへ目を向ける。

 

「てなわけで、俺、飲み物取ってくるよ。ウォルジー、その辺で待ってて」

「まあ、そんな。任せてしまっては悪いです、私も行きます」

「いいって、いいって。ほら、あそこに椅子あるからさ。座って体力チャージしててくれよ」


 ジニはちょいちょいと壁際の椅子を指差し、しきりにマーシアに座っているよう促す。


「すみません……。では、よろしくお願いします」

「おう! 休憩したら、もう一回さっきのステップさらって、その後にスウィング・ダンスもやってみようぜ!」

「ふふっ。はい」


 椅子に腰掛けたマーシアを見届けると、ジニは人混みの中に消えていった。 



(少し、帽子を脱いでおきましょう)



 踊っていたらすっかり身体中が熱くなり、マーシアはクロシェハットを脱いだ。

 頭が一気に爽快になると、マーシアは手櫛で髪を整え、ふと先程の出来事を思い出す。


 

(……まだ、ドキドキしているわ……。ああ、ダメ……。これでは余計に緊張して、挙動がぎこちなくなってしまう……)



 ジニの力強い腕の余韻が残り、思い出すだけで、顔から火を吹いてしまいそうだった。


(いけない、いけない……。この後はペアで踊るのだから、て、手や腕など、触れるに決まっているのよ……。これしきのことで、緊張をしている場合では……)


 マーシアは手で顔をパタパタと扇ぎ熱の冷却を試みるが、たかが微風がそよいだところでそんなすぐに顔の熱が引くはずもなかった。


(……もうっ! エラ様が戻られる前に、気持ちを落ち着かせないと……!)

 

 パタパタ、パタパタ。

 手の動きをより早め、マーシアは顔になけなしの風を送り続ける。

 


「ねぇ、君。こんなところに座っちゃってさ。あっちで踊らないの?」

「……えっ?」



 そんな折、ふいに誰かに声をかけられ、マーシアは顔を上げた。

 彼女の目の前に立っていたのは、見知らぬ二人の男性であった。

 



 ****




「はあああ……」



 カウンターにやってきたジニは大きな溜め息を吐く。


(ウォルジー、すっげぇいい匂いしたな……)


 先程マーシアを支えた際、甘く優しい彼女の香りがふわりとジニの鼻腔をくすぐった。


 気品のある香りだった。

 そんな香りをまとわせる子とこれからダンスを踊るのかと思うと、途端にしまっていた緊張が目を覚まし、再び彼の内に宿ったのだ。

 良くも悪くも、その後のマーシアに冷静な対処を取れたのは、その緊張感あってこそだっただろう。


(だーーッ、もう!! 余計なこと考えないって決めただろ!! 今は、ウォルジーとの時間を楽しむんだ!!)


 自分自身に喝を入れ、ジニはカウンターでジンジャーエールとマーシア用の白葡萄ジュースを受け取り、彼女の元に戻ろうとした。

 

 その時だった。



「ジ・ニ」

「えっ?」



 突如後ろから名前を呼ばれ、ジニは振り返る。


「…………ッ!!」


 女性の顔を見た瞬間、ジニの表情はみるみるうちにギョッと引き攣り、強張っていく。



「モニカ……!」



 モニカと呼ばれた女性は、金髪のボブヘアが様になる、そばかすが愛らしい華奢な少女だった。

 彼女は腕を組み、顎を突き上げると、冷ややかな瞳でジニを見つめる。

 

「久しぶり。別れて以来だね」

「や、いや……そうだな……って、そうじゃねぇ! お前! 何でこんなとこにいんだよ!」

「何でって、踊りにきたに決まってんじゃん。都会のキラキラしたボールルームで踊って男達を魅了して、運命の相手を見つけるために、ね」

「お前、まだそんなことしてんのかよ……」


 元恋人モニカの現状に、ジニは呆れた声を出す。

 破局の原因となった男癖の悪さは、相変わらずのようだった。


「ところでさ。一緒に来てた子、アンタの彼女?」

「んな゛っ……! み、見てたのか!?」

「うん、アンタらがここに来てからずうっとね。ねっ、そんでどうなの? あの子、アンタの彼女なの?」

「ちちち、ちげぇよ!!」


 しつこいモニカに苛立ち、ジニの語気は思わず強まる。


「ふうーん……。でも、その狼狽えた感じ……。アンタ、あの子のこと好きなんでしょ?」

「……っ、は、はあっ?!」

「あははっ、やっぱり図星だ」


 ジニの態度で全てを理解し、モニカは元々細い目を、さらに弧を描き細める。


「大人しそうな子じゃない。アンタのタイプ、随分と変わったんだね」

「ま、まあ、な……」


 ジニは波風を立てぬよう、モニカに曖昧な返事を返し、彼女の動向を窺う。

 正直なところ、マーシアを待たせているので一刻も早くこの場から立ち去りたかった。


 すると、そんなジニの様子に気付いたのか、モニカは口角を上げると次なる言葉を発した。



「でもさ。アンタとあの子、ちょーっと釣り合ってないんじゃない?」


「…………は?」



 放たれたその言葉に、ジニは心臓に(くさび)でも刺されたような鈍い衝撃を感じる。


「な……何、言ってんだよ……」

「聞こえなかった? 釣り合ってないって言ったの。だってあの子、なーんか育ち良さそうだし、お堅そうだし? アンタみたいなお調子もんで不真面目な男が、隣に並べるような相手じゃないでしょ」

「……っ、そ、それは……」


 ジニは反論出来ず、言い淀む。

 

「まあ、アンタには、アタシみたいな下層出身で夜な夜な遊び歩いてる女のほうがお似合いなんだって。あははっ、自分で言うなって感じー?」


 モニカは哄笑すると、固まるジニの肩に手を置いた。だが、彼はそんなことにも気が付かず、呆然と立ち尽くす。

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