30話(69話) 緊張はひた隠せず
(……ぜんっぜん、喉通んねぇ!!)
朗らかにサンドウィッチを食すマーシアとは対象的に、ジニは内心冷や汗を掻いていた。
先程はマーシアに同調して腹が減ったと言ったが、そんなの嘘だ。
本当は話している時も、笑っている時も、マーシアに注意を促している時も、始終気を張りすぎていて、何かを胃に入れる余地などありもしなかったのだ。
(ひとまず、食べ切れ……!! そんで、こ、この後は、百貨店に行って、買い物をして……)
ジニはグルグルと渦巻く頭で次の予定を整理し、味のしないサンドウィッチを無理矢理詰め込む。
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その後、二人はブルスバリーの中心地にある百貨店を訪れた。
ジニは初めて訪れたが、マーシアは家族と何度が来たことがあると言い、内部の施設には詳しかった。
最先端のエレベーターやエスカレーターにも動じず、ジニが初めて見たと驚愕する横で目を細め、微笑ましそうに彼を眺めていた。
「両親と舞台を観劇しにブルスバリーへ訪れた時は、必ずここの百貨店に立ち寄っていたんです。母お気に入りの化粧品店があって、いつもそこでお化粧を購入しては、ご満悦の顔をしていました。あちらの店は、父が愛用する帽子の──」
マーシアは目に映る店を見ては、家族との思い出を楽しげに語る。
(本当に、お嬢様なんだなぁ……)
これまでも度々実感することはあったが、今日は特に、ひしひしと身に染みる。
自分とは縁のない絢爛な空間に、彼女は幾度も足を運べる出自なのだ。
(……改めて、とんでもねぇヤツを好きになったもんだ……)
苦笑と共に、手中には僅かな汗が滲む。
告白のことを考えれば考えるほど、今まで気にしてこなかったことが浮き彫りになっていく。
「──エラ様……エラ様?」
「……んあ゛いっ!?」
気が付けば、マーシアが黙りこくっているジニを見つめ、目を瞬かせていた。
「大丈夫ですか? 何だか、ぼうっとされていたようですが……。も、もしかして、気分が優れないとか……?」
「ああーっ、ごめん! 違うんだ! ちょっと、考え事してただけ……!」
「考え事……?」
「……た、大したことじゃねぇから! 気にすんな! もう、解決したから!」
考え事は解決どころか膨らむ一方であるが、マーシアに余計な心配を抱かせないよう、ジニは慌ててその場を取り繕う。
「そ、それより! もういい時間だな! そろそろここ出て、ボールルームに向かわねぇと!」
「えっ? は、はい……そうですね」
戸惑いを見せる彼女にそう言うと、ジニは汗を拭い、せかせかと歩み出した。
ボールルームへ向かう道中もジニの気は休まらず、笑っていても、ふざけていても、その最中にどこか翳りを落とした。
さすがにそうなるとマーシアも彼の異変に敏感になり、眉を顰めてその表情を窺う。
(やっぱり、エラ様……。いつもと様子が違う……)
抱く違和感の原因は、彼がスーツを着て大人びた雰囲気をまとっているからというだけではなさそうだ。
もっと心の奥で、何かに気を揉んでいるような、そんな風に思える。
(無理をされていなければいいのだけれど……)
ジニが気を揉む肝心な何かの正体については、知る由もない。
「エラ様」
「……んっ?! な、どうした!?」
だが、せめて少しでも心配事をかき消せればと、マーシアは彼に柔らかい声音で話しかける。
「エラ様。エラ様は、ダンスがお得意なのでしょう? 私、初めにあなたのダンスを拝見したいです」
「……ホント?! あ、ああ! もちろん!! 踊りに踊ってやるよ!!」
「うふふっ、ありがとうございます。それから、ダンスのご指導も楽しみにしていますね」
「まっ、任せろ!!」
効果があったかは定かでないが、ほんの一瞬いつもの彼に戻ったようにも見え、マーシアはホッと息を吐いた。
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仕事終わりと思わしき人々が、疲れ切った顔で、足早に雑踏を抜けていく。
ジニもマーシアは度々通行人にぶつかりそうになりながらもその合間を掻い潜り、喧騒の中、足を進めた。
「着いた、ここが……」
ようやくボールルームに辿り着いた二人はほうっと息を吐き、眼前にそびえる電飾に彩られた大きな看板を仰ぎ見る。
【ミシコ・ボールルーム】。
そう書かれた煌びやかな建物の外観は、まるで時代の最先端を担う象徴のようであった。
(とうとう来た……。せめて、ダンスの時くらい、余計なこと考えないで楽しもう……)
ジニはグッと唾を飲み込むと気を取り直し、ネオンに見惚れるマーシアを一瞥する。
「ウォルジー、中入ろっか」
「はい!」
入口でチケットを提示し、荷物を預けると、二人はボールルームの中へと足を踏み入れた。
「わあっ……」
目に飛び込んできた光景に、マーシアの口は自ずと開く。
ジャズバンドの演奏に乗り、軽快なステップで踊る若い男女。衆目を浴び、各々のダンスを競う派手な男性達。
ブルスバリーで一番賑やかであろうその場所で、皆がダンスに興じている。
「エラ様、凄いです! 皆様、あんなに激しいダンスを踊られて……!」
「なっ、すげぇよな! あれ、今流行してるダンスだぞ。スウィング・ダンスってんだ」
「ま、まあ……! それは想像していたよりも、ずっと難しそうな……」
如何せん、マーシアにとってダンスとはお城の舞踏会で踊るワルツのような印象しかないのだ。
こんなに活発な動きをするとは、完全に予想外であった。
「ははっ、そんなに怯えるなよ。俺が教えるんだから、すぐ踊れるようになるって」
「そ、そう信じます……」
親指を自らに向けて笑うジニが、一段と頼もしい。
マーシアは彼に全てを託すことにした。
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「──まずは、チャールストン・ダンスってやつ! これは一人でも踊れるダンスだから、よーく見ててな」
「はい、お願いします!」
人気の少ない部屋の隅っこで、ジニは手始めに、マーシアにダンスの見本を見せることにした。
彼女が自分のダンスを熱望してくれていたこともあり、
「じゃあ、音楽に合わせるからな。1・2・3、それっ!」
そして、ジニはアップテンポなスウィングジャズに乗り、軽やかなダンスを披露した。
(エラ様……凄い……)
目で追うのが精一杯なほど素早い足さばきに、マーシアはたちまち圧倒される。
「はいっ!」
曲が終わると同時に、ジニは得意げにポーズを決め、マーシアのほうを振り返った。
「エラ様、素晴らしいです! 本当に、ダンスがお上手なんですね……! 私、思わず目を奪われてしまいました! とっても素敵です!」
マーシアは拍手をしてジニを称えながら、彼を尊敬の眼差しで見つめる。
「えへッ、えへえへえへェ!! そう!? 学生の頃はしょっちゅう仲間達とダンスして騒いでたからなあ! その影響かなあ! 絶対そうだろうなあ!! でぇっへへェ!!」
マーシアに褒めちぎられ、ジニは溶けた顔で隠し切れない無駄な照れ隠しを必死に行う。
「ふへへ……。と、まあ、こんな感じで踊るんだけど、どう? 何となく分かった?」
「それが……素晴らしさに目がいき、何も……」
「あらら……」
それならば、実践あるのみ。
今度はマーシアに、ダンスの手ほどきを行う。




