27話(66話) 友へ感謝を込めて
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「リッキー! おーい! リッキー、リッキー、リッキーー!!」
アパートメントに帰宅したジニは、自室の窓を開けるや否や、開口一番に上の階の住人リチャードを大声で呼びつけた。
「うるせぇなぁ!! 聞こえてるよ!!」
リッキー、もといリチャードは焦茶色の髪を掻きむしりながら乱暴に窓を開け、外壁に設置された非常階段越しにジニを睨む。
「リッキー! リッキーにもらったチケット、すっげぇ役に立った!」
「! おお、本当か!」
ジニは再びブルスバリーに行くきっかけを作ってくれた友人に感謝を伝えるべく、窓から身を乗り出すと、金属製の錆びた階段をガシャガシャと登り、彼の元へと向かう。
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先日、イヤリングを購入した後、帰宅したジニは上階からリチャードに呼ばれた。
「なあ、ジニちゃん。お前、ボールルームのチケットもらってくんねぇか?」
リチャードはヒラヒラと二枚のチケットをかざし、半ば頼み込むような形でジニにそう尋ねる。
「ボールルームぅ? それ、こないだリッキーが彼女と行くって言ってたやつじゃねぇの?」
「そうそう。そうなんだけど、よりによって昨日、アイツと喧嘩しちまってよ。行くはずだった予定がおじゃんになっちまったんだわ」
リチャードは苦笑し、肩を竦めた。
「そんなわけで、チケット無駄にするよりかは、誰かに使ってもらったほうがいいと思ってな。まだ期限もあるし、どうよ? 場所はこの辺のボールルームなんかじゃねぇぞ? 大都会ブルスバリーにある、今時のイカしたボールルームだぞ?」
「ブルスバリーの?!」
ジニは予期せぬ単語に俊敏に反応し、輝きに満ち溢れた純粋な眼でリチャードを見つめる。
「欲しいッ!! もらうもらうもらう!!」
「オッケー! じゃ、これな!」
リチャードは指で輪っかを作ると、神を視る目で自分を見つめるジニにチケットを手渡した。
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ブルスバリーに行く口実を思いの外早く作れたのは、ジニにとってかなりの僥倖だった。
ボールルームの場所も港からそう遠くない上に、マーシアも無事に誘いに乗ってくれた。
これで、全ての舞台はようやく整ったのである。
おかげで、ジニも今では二人で過ごすボールルームでのひとときに思いを馳せる余裕が生まれていた。
「ウォルジー、ダンス苦手だって言ってたから俺が教えてやるんだ! ハーッ、楽しみ!! 緊張するけど、超楽しみ!!」
表情筋が緩みっぱなしの顔で、ジニはニマニマと笑う。
「ウォルジー? ああ、一緒に行く子の名字か。ウォルジーねぇ……あの有名な家具屋の名前と同じだな」
そう言うと、リチャードは呑気に缶抜きで酒瓶を開け、酒を口に含んだ。
「そっ! だってアイツ、そこの店のお嬢様だし!」
「ブッ?!」
瞬間、リチャードは酒を吹き出す。
名字が同じ、くらいの軽い気持ちで言ったつもりが、まさかの本当のご息女。
「ゴェッホ……! ちょっ、マジか……。お前、随分と上玉引っかけたもんだなあ」
「はあっ!? そんなんじゃねぇよ!! 俺は、本気でアイツのことが好きなんだ!!」
「あ、そうなの? そりゃ悪かった」
まだ喉に残った酒を咳で取り除き、リチャードはジニに謝罪する。
「へっへ! にしても、ジニちゃんが本気で女の子を好きになるとはな! 前の彼女のモニカちゃんだっけか? あの子と付き合ってる時は遊び半分だったんだろうに……。まあまあ、大人になっちまって……」
「う、うるせぇ!! アイツのことは、今関係ねぇだろ!!」
今の今まで忘れていた記憶を掘り起こされ、ジニは泣き真似をするリチャードに向かい、咆哮を上げた。
「ま、兎にも角にもよ。そんなお嬢様と一緒にボールルームに行くってんじゃ、変なヤツらには気を付けるんだぞ。つってもブルスバリーだし、こっちほど治安も悪かねぇと思うけど」
「そうだな、肝に銘じとく」
ボールルームは収容人数が多い分、色んな人間がたむろする。リチャードの言う通り、何かと気を付けるに越したことはないだろう。
ジニはリチャードの忠告を、頭の片隅に留めた。
「そうだ、ジニちゃんも呑むか? 景気付けに一杯」
リチャードはふいに酒瓶を振り、ジニに見せつける。
「呑まねぇよ。酒、苦いから嫌いなんだって」
「おっと、そうだったな。んじゃ、俺だけで呑んじゃおっと」
舌を出し、心底嫌そうに酒を拒否をするジニを見て、リチャードは口につけた酒瓶を上向きにひっくり返す。
(早く、来週になんねぇかな……)
酒の一気飲みをするリチャードを尻目に、ジニは夜空を仰いだ。
夏の終わりかけに見る星海は、いつにも増して澄んだ光を放っているように思えた。
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その日から、二人は本館や工房で顔を合わせる度に、土曜日の話題に花を咲かせる。
会話を重ねるうちに、当日の日中は街中の公園や百貨店なんかに行き、のんびり過ごそうと決まった。
「それからボールルームに向かえば、時間もちょうどよさそうだしな」
ボールルームが開くのは、夕方の十八時。
完璧なスケジュールを立てられたと、ジニは自負し、鼻を高くする。
すでに寂しくなりつつある貯金のことは、もう考えないことにした。
「ところで、エラ様。お尋ねしたいことがあるのですが……」
「ん?」
そんな折、マーシアはずっと気になっていたことを、思い切ってジニに聞いてみた。
「ダンスをする服装というのは、一体どのようなものが一般的なのでしょうか?」
ダンスと聞くと、マーシアの中ではどうしても豪奢なドレスを着て踊る姫君を思い浮かべてしまい、今時のダンススタイルにはちっともピンと来ていなかったのだ。
「んー、そうだなぁ。前に見た女の子は皆、膝下くらいの長さのワンピースで踊ってた気がすんな」
「まあ……。では皆様、流行りのワンピースで踊っていらっしゃるんですかね」
「そういうことかな。とにかくみーんな、カラフルだった」
近年、ロドエでは先鋭的なファッションが大人気だ。
特に若い女性達の間では、色とりどりでデザイン性に優れた服装が流行り、マーシアも愛用しているクロシェハットと合わせたファッションスタイルが定番となっていた。
(……となると、今の主流に合わせたファッションのほうが、私も場の空気に馴染めるかもしれないわ)
ジニと別れた後、マーシアは一人廊下を歩き、当日の服装を考える。
普段は足首が出るくらいのロングスカートかロングワンピースしか着用していないが、とうとうトレンドコーディネートに挑戦する機会が訪れたようだ。




