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26話(65話) 一緒にいこう

 

 ────




 ──いつか夢に出てきた草原が、眠りについたマーシアの元に再び現れる。


 相変わらず何もなく、肌を撫でる程度の優しい風が、ただ、だだっ広い芝の上を駆けていく。


『あれは……』


 マーシアの視線の少し先に、鏡がゆらりと浮かんでいた。おそらくこれも、以前の夢に出てきたものだ。

 近付くと、小さな煙幕と共に、鏡の前に何かが現れた。


『イヤリング……?』


 それがチャーム・ガーネットの付いたイヤリングであることは、これまでの既視感溢れる夢の光景から察することが出来た。


『また夢に現れるだなんて……』


 雫型の、美しいイヤリング。

 マーシアは、イヤリングを手に取り鏡を覗く。


『そういえば……。この夢では、エラ様は出てこないのかしら?』

 

 以前の夢での出来事に沿うなら、初っ端からベルになったジニが出てくるはずだが、今回はそんなことはなさそうだ。

 夢といえど残念に思い、マーシアは小さく溜め息を吐く。


『それにしても、なんて綺麗……』


 思えば父からもらった原石が宝石となり、こんなにも煌びやかなアクセサリーとなり。

 何だか感慨深さを感じる。


 マーシアは手中のイヤリングを耳に付けた。

 長い髪を耳にかけ、左右に顔の角度を変えると、耳元のガーネットが陽光を帯び一層輝く。

 


『それ、付けてくれたんだ』


『……!?』


 

 突如後ろから声が聞こえ、マーシアはビクリと肩を震わせる。

 いつの間にか鏡には、自分の後ろに立ち微笑むジニの姿が映っていた。


『……エラ様。きょ、今日は、ベルちゃんの姿ではないのですね……』

『そっ、今日は違う。ちゃんと俺の姿で、ウォルジーの夢に出てきたかったから』

『そ、そうですか……』


 以前は彼の見た目がベルだったせいか、緊張などさほどしなかったはずだが、今は夢の中でも分かるほど、鼓動が熱く胸を打っている。


『ウォルジー。耳、よく見せて?』

『……はい』


 ジニの要望に応えるべく、マーシアはもう一度髪を耳にかけ、イヤリングを彼に見せた。

 夢にも関わらず、耳までガーネットのように赤くなってはいないかと余計な心配が生まれ、ますますマーシアの鼓動が早くなる。


『あはは、よかった! やっぱり似合ってる!』

『……ふふ、嬉しいです』


 やはり直球なジニの言葉に、マーシアはむず痒い感覚を覚えながらも、表情を綻ばす。


『……それ、に……。す…………い』

『えっ……?』


 突然、視界が光に染まり、驚愕したマーシアは辺りを見回した。

 自分が立つ草原も、ジニの姿も、その言葉も、みるみるうちに光に呑まれていく。


『エラ様……? 一体、何と……?』

『ウォ…………だ』

『エラ様……?』


 全身が光に呑まれる寸前、ジニがマーシアに見せた表情は、今まで見たことがないくらい真剣なものであった。



 ────




(……エラ様は、夢で私に何とおっしゃっていたのかしら……)


 朝食のパンケーキを一口食べ、ぼんやりと夢の出来事を思い出す。

 

 所詮は自分が創り出した夢。

 気になったところで現実とは無関係ではあるが、彼の聞き取れなかった言葉に、最後の表情。

 忘れようにも、しかと頭にこびりついている。


(それよりも、私はエラ様に謝らなくては。あの日、恥ずかしさから逃げ出してしまったことを……)


 謝罪よりも先に何とも都合の良い夢を見てしまったことに、マーシアは若干の罪悪感を覚える。


 あの時、マーシアはセオドアの言葉を受け、勢いのままジニに自身の想いを伝えかけた。

 けれど途中で尻込みし、結局何も伝えられず、その場から走り去ってしまったのだ。


(今日、エラ様を見かけたらお声がけして、謝罪をしましょう)


 一連の行動によって、彼を困惑させてしまったことは事実。

 何はともあれ、まずは第一に謝るべきというのは、マーシアも承知していることだ。


 そんな思いもあり、彼女は一度ジニに伝えかけた思慕の念を、当面は胸にしまっておくことに決めたのだった。


 


 ****




「──いた! ウォルジー!」

 


 そんな決意をした矢先だったせいか、出勤早々久しぶりに本物のジニから話しかけられ、マーシアの心臓はたちまち跳ね上がる。


「エラ様……! す、すみません、先日は……」

「先日? なんかあったっけ?」

「あの、私、あなたの前から逃げ出してしまって……」

「ああ、そのことか……。いいって、そんなん気にすんな。それより、ウォルジー。今日の昼も、魔材調達部の人達とメシ食うのか?」

「え、え……? そ、そうですね……」


 拍子抜けするほどあっさりと謝罪が終了し、マーシアはポカンと口を開け、ジニを見据える。

 気のせいか、目の前の彼はいつもより緊張の色を帯びた面持ちをしているようだった。


「そっか……。あのさ、今日だけ、俺と一緒にどっか行ってメシ食えねぇかな? 話があるんだ」

「……! は、はい! 大丈夫です!」


 自分の顔を窺いながら懇願するジニの表情があまりにも幼気で可愛らしく見え、マーシアは反射的に即答した。


「ホント!? じゃあ俺、昼休憩になったら、本館に行くから! 椅子のとこ(だんわスペース)で待っててな!」

「はい……!」


 そう言ってジニは満開の笑みを浮かべると、マーシアに手を一振りし、工房のほうへ去っていった。


 マーシアはぎこちなくジニの背中に手を振り返す。


(お話……。一体、何かしら)


 先日の件を気にせずいつも通りに接してもらえた嬉しさと、二人きりになることへの緊張が入り混じり、彼女は呆けたまま執務室に向かう。

 午前中の業務が、今日はいつにもなく長く感じた。

 


 そして、昼休憩。



 二人は談話スペースにて落ち合うと、工房を出て近くの公園に向かった。

 公園には、小さな池を取り囲むようにちらほらとベンチが置かれている。

 

「ここ座ろっか」


 真後ろに一本の木が生えたベンチをジニが見つけ、二人はそこに腰掛ける。

 枝に茂る葉が木陰を作り、居場所は申し分ないほど心地が良いが、マーシアの内心はガチガチに緊張に包まれていた。


「……久しぶりだな、一緒にメシ食うの」


 ジニは道中で購入したサンドウィッチを頬張り、そう口にした。


「ほ、本当ですね。一緒にお出かけに行ってから、もう一ヶ月近く経つんですものね……」

「なあ、時間が過ぎんのって早ぇよなぁ……」


 池に浮かぶ鴨を見つめ、マーシアも弁当のパンを小さく千切り、口に頬張る。


「…………」

「…………」


 鴨の鳴き声がハッキリと聞こえてしまうほど、互いの間にしばしの静寂が訪れる。

 池を見つめながら各々の昼食を口に運び、どちらとも、胸中で会話を切り出すタイミングを必死に見計らっているようだった。


「……ウォルジー、あのさ」

「ははは、はい!」


 そして、先にその沈黙を破ったのは、ジニであった。


「ウォルジーって、ダンス好き?」

「ダンス……? ええ、好きです」

「……! ホントぉ?!」

「はい。踊ることは苦手なのですが、鑑賞は大好きです」

「……ホントぉ……?」


 マーシアの返答にジニは見事一喜一憂し、シクシクと憂の表情まま項垂れた。


「……じゃあ、あんまり【ボールルーム】とかって、興味ない……?」

「ボールルーム?」


 目の前で信じられないくらい落ち込んでいるジニを気にしつつ、マーシアは彼の口から出てきた単語に目を瞬かせた。


「ボールルームと言いますと、シャンデリアが煌めくお城の大広間のような、あの……?」

「や、そんなお伽話みたいなやつじゃなくて、もっとこう、賑やかで騒がしいとこなんだけど……」


 ジニはマーシアへ言葉を返し、視線をうろつかせる。

 

「あのな、若いヤツらが集まってダンスを踊れる場所があるんだ。前に何回か行ったことあるんだけど、すげぇ楽しいんだよ! バンドが演奏する中で、スウィング・ダンスとか、チャールストン・ダンスなんか踊ったりしてさ……!」


 大袈裟な身振り手振りを交え、ジニはキョトンとするマーシアにボールルームの魅力を伝えてみせる。

 そして、一度大きく息を吐くと、今度は彼女の瞳をしかと見据えた。


「でな、こないだ知り合いに、ブルスバリーにあるボールルームのチケットを二人分もらったんだよ。それでなんだけど、ウォルジー……よければ、俺と一緒に行かない?」

「…………っ」


 ジニの眼差しに訴えられ、マーシアの心臓は彼に聞こえてしまいそうなほど強く、鼓動を鳴らす。

  

「はい、ぜひ……。ぜひ、ご一緒させていただきたいです……」


 平静を保ち返事を返したが、本当は嬉しくて舞い上がってしまいそうだった。

 

「マジ?! やったぁ! じゃあ、約束な!」


 ジニはマーシアの返答にパッと笑顔の花を咲かせると、拳を握る。

 

 彼も、嬉しそうにしてくれている。

 その事実が、マーシアの胸をより熱く焦がした。



「──よしっ! じゃあ、来週の土曜日にしよう!」

「はい。とても、楽しみです……」


 二人の予定を合わせ、ボールルームへ赴く日も決まった。


「ダンスなんて、慣れちまえばそんなに難しくねぇからさ。そこは名人の俺に任せて、安心して踊ってくれよな!」

「ふふっ、頼りにしていますね」


 自信満々に胸を叩くジニを見て、マーシアは口元を綻ばせる。



(今朝、胸にしまっておくと決めたばかりだったのに……)



 高鳴る心臓を、マーシアは両手で包み込む。

 

 我ながら、早い前言撤回であるとの自覚はある。

 だが、こんなに嬉しい誘いを受けた以上、彼に対する想いをしまいっぱなしにしておくなぞ出来るはずがない。


 マーシアはすぐさま、心の扉を開錠した。 

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