25話(64話) 重い想い
色とりどりの宝石の付いたアクセサリーが、ショーウィンドウの中で輝いている。
煉瓦の外壁にも、店名の書かれた洒落た字体の看板にも年季を感じさせることから、長年この場所で愛されている店なのだろう。
「宝石か……」
ジニはショーウィンドウを覗き、溜め息を吐いた。
いくら何でも、さすがに宝石は贈りもの候補の範疇から外れている。
交際していない間柄で渡すには、重すぎるからだ。
物理的にではなく、気持ちとして。
「そりゃあ、綺麗だけどさ……。いきなりこんなんもらっても、ウォルジーがビックリするだけだしな……」
それに、仮の仮に購入をするとて、軍資金が足りるかも怪しい。
どのみち、自分には縁のないものである。
(帰るか……)
そんな理由もあり、ジニは早々に宝石店から立ち去ろうとした。
「あれっ!?」
だが、何気なく見つけてしまった一つのアクセサリーに、ジニの目はたちまち釘付けになる。
「これ……俺の指輪と同じ色してる……」
ジニが釘付けになっているのは、雫型の赤色の宝石が付いたイヤリングだった。
それが、自分の指輪に付いたチャーム・ガーネットと寸分違わぬ色彩を放っているのだ。
「このイヤリングの宝石も、ガーネットってやつなのかな……」
自分の男物の指輪とはまた違い、女性向けに作られているイヤリングは上品な煌めきを放ち、静かにガラス越しに自分を見つめている。
厳かなデザインのそれを、ジニもまた呆気に取られながら見つめ返す。
するとその時、店の扉がカラコロと音を立て開き、中から店主の男性が出てきた。
「そちらのお方、宝石の購入をご希望ですかな?」
「えっ! いやや、えー、と……!」
紳士然とした店主に突然話しかけられ、ジニは狼狽え、咄嗟に激しい手振りをする。
「……む?」
そんな揺れ動くジニの左手の親指を、店主は目をまん丸にして凝視した。
「やや、こちらは私がいつぞやに製作を承った、チャーム・ガーネットの指輪ではございませんか」
「指輪の製作……? はっ?! これ、この店で作られたの?!」
「左様でございますとも。いやあ、何たる偶然」
「マジか!!」
ジニは驚愕し、あんぐりと口を開けた。
「何だよ、そうだったのかよー! おじさん、ありがとうございます! この指輪、超最高っすよ!」
ジニがありったけの感謝を伝えると、店主は満足げに微笑み、ショーウィンドウに目を移す。
「ほほ、それは何よりです。ときに、今ご覧になられていたのは、こちらのイヤリングでしたかな?」
「そうです。おじさん、もしかしてこのイヤリングと俺の指輪、同じ宝石使ってます?」
「はい、いかにも」
「やっぱり!」
ジニは指輪とイヤリングを交互に見つめた。
「美しい赤色でございましょう? 『真実』、『情熱』、『友愛』……。正に、ガーネットの石言葉に相応しい、魂のこもったお色なのです」
「へぇ〜、そんな意味があるんだ」
店主の説明で一つ利口になり、同時に思い描くのは、マーシアの姿。
(もし、ウォルジーがこれを付けたら……)
夜空のように真っ黒な髪を耳にかけ、その耳元では、静寂の赤色をしたイヤリングが彼女の笑みに合わせ、楽しげに揺れる。
(似合うよなぁ、絶対に……)
間違いない。
今、ジニの中でこのイヤリングが贈りもの候補の筆頭に躍り出た。
が。
「……でも、宝石なんだよなああ……!!」
頭では分かっている。
先述のように、シャレではなく大真面目に、宝石は想いが重いのだ。
しかも、それが自分の指輪と同じ宝石ときた。
重みは増し増しである。
「どうかなさいましたかな?」
険しい面持ちで葛藤するジニを、店主は訝しげに窺う。
「……おじさん、ちょっと聞きたいんですけど、付き合ってもいない子に、俺の指輪と同じ宝石の付いたイヤリングを渡すのって、どう思います?」
「……は、はぁ?」
「じゃあ、重いか重くないかで言ったら、どっちだと思います?」
「重い……? 宝石の質量のことでしょうか?」
「〜〜〜〜ッ!! 違うのおお!!」
いまいち話が飲み込めず困惑する店主の目の前で、ジニは大口を開け、喚き散らした。
「違うのおお!! 気持ちのことおお!! 重いよねえ?! 付き合ってない子に俺が持ってるのと同じ宝石渡すのって、さすがにその子に重いって思われるよねええ!?」
「あ、ああ……そういうことでしたか……」
冷静さを欠いたジニに凄まじい勢いで問われ、店主は眉尻を下げる。
「どう思う!? おじさん、どう思う!?」
「いや、まあ……。有り体に言ってしまえば、激重かと思いますが……」
「う゛わああああ゛ん!!」
「あわわわ……」
バッサリ言い捨てられ、ジニは辺りを転げ回る。 そんな彼を戸惑い見つめる店主は、こめかみを掻き、おずおずと口を開いた。
「し、しかし……それはあくまで、お相手があなた様に好意がない場合のこと。もし仮に、お相手もあなた様を好いているというのであれば、そのイヤリングは、一生忘れられないほど大切な贈りものになるかと思いますよ」
「…………っ!」
ジニは口を結ぶと、店主の言葉を受け、しばし考え込む。
──数分後、彼は顔を上げると、店主を凛々しく見据えた。
「おじさん、決めた!! 俺、このイヤリング買います!!」
「おお!」
余計なことを考えず、重いだなんだという考えは捨て置くことにした。
それに何より、マーシアに似合うと思った以上、買わない選択肢が見当たらなかった。
「……ちなみに、いくらですか?」
とはいえそれも重要なので、ジニは店主にゴニョゴニョと囁き尋ねる。
「はい。お値段は、こちらでございます」
「…………」
店主は値札を提示する。
ジニの想像していたほど、絶望的に手の届かない値段ではなかった。
そう、今後数ヶ月、ほんのちょっと食費を削り、ほんのちょっと無駄遣いに気を付ければ、どうとでも。
「…………構わーーん!!!! 買います!!!!」
「お見事!!」
半泣きで決断を下したジニの気概に感銘を受け、店主は彼を拍手で称えた。
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「──もしや、イヤリングを差し上げたい方というのは、あなた様の指輪製作を依頼された、ウォルジー様のことですかな?」
イヤリングの購入後、店主はふいにジニにそう尋ねた。
「えっへへ……そうです!」
「おお、年寄りの勘なぞ当てにならないかと思いましたが……。いやはや、やはりそうでございますか」
照れ笑いをするジニに、店主は柔い眼差しを向ける。
「成就されるといいですな」
「……ありがとうございます!」
店主に礼を言うと、ジニはイヤリングの入った手提げ袋を大事そうに小脇に抱え、店を去っていった。
今日の客は、彼が最後だろう。
ぼちぼち店を閉めようと、店主は店内へと向かう。
(……良い顔をされていた)
満足げに目を細めていた少年の顔が、ありありと頭に思い出される。
(ウォルジー様なら、きっとエラ様の想いを受け取ってくれることでしょう。何と言ったって、あんなにも嬉しそうに、彼の指輪を見つめていらしたのですから……)
完成した指輪をマーシアに見せたあの時の、彼女の輝く瞳。人を想う、あの笑顔。
「これだから、この仕事はやめられませんな」
世界のどこかで、自身の手がけた宝石が、誰かに幸せを運んでいると信じ。
店主は穏やかに笑うと、店の扉に本日の営業終了を告げる看板をかけ、明かりを消した。
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「──あっ、待てよ……?!」
軽い足取りで停留所に向かっていた道すがら、ジニはふと、あることに気付いた。
「こんなに綺麗なものを渡すんだから、渡す場所も最高にロマンチックなところにしたいよな」
贈りものを決める前はお洒落なカフェテラスや公園で渡すことを想定していたが、ここまできたら、とことん場所にもこだわりたい。
「どこだろうな……。ロマンチックなところって……」
顎に手を当て、思考を巡らす。
イヤリングを贈るに相応しい場所──。
「あ……」
すると、ある場所の情景がジニの心に蘇る。
「そうだ……ブルスバリーの、港……」
二人で見たかった、夜景の見えるあの港。
海が静かに水音を響かせ、見守ってくれるあの場所で。
「……よしっ!」
場所は決まった。
後は、マーシアと再びブルスバリーに行く口実を作れればいい。
ジニは心臓を高鳴らし、次なる作戦を編み出すため、気合い十分に駆け出した。




