24話(63話) 贈りたいもの
大変お待たせいたしました!
第二部最終エピソード、物語全体の一つの山場となります。
楽しんでいただけたら幸いです。
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気温はまだまだ暑いというのに、街中をそよぐ夕暮れの風は、早くも秋に向けて舵を切ろうとしている。
「うーーん……」
少しばかりの新涼を肌で感じながら、ジニは工房を後にし、険しいのか凛々しいのか分からない、何とも複雑な面持ちで帰路につこうとしていた。
考えていたのだ。
彼女に、どんなものを贈ろうかと。
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「──へぇ〜、とうとうウォルジーさんに、想いを伝えることにしたのか!」
数時間前。
仕事の合間にそう話すと、フェリクスは滅多に見せない満面の笑みをジニに向けた。
「はい。だから、ウォルジーに会ったらすぐに『好きだ』って言いたいんです! まあ、ここ何日か、全っ然話も出来てねぇけど……」
あの日逃げられて以降、マーシアは一回もジニの前に現れていない。
いや、正確にはジニも、本館の廊下で彼女を一度だけ目撃してはいる。
だが、彼女はこちらの視線に気付くや否や、もの凄いスピードで回れ右をし、そのまま階段を駆け上がっていってしまったのだ。
(絶対、避けられてんな……)
あの様子を見ている限りだとセオドアから聞いた話が果たして真実なのかと疑いたくもなるが、彼が嘘をつく人物でないことは、ジニも対話をしてよく分かっている。
が、あんな様子なのだ。
ゆえに、今のところジニはセオドアの話を七割くらいの信用度で信じている。
(仮に100%本当の本当だとしたら、ウォルジーは多分、あの日のことを恥ずかしがってるだけ、なはず……)
そしてあの日、マーシアが自分に言おうとしたこと。
(……そうだといいなぁ)
現実味のない、けれど彼女に言われたら間違いなく昇天してしまうであろう夢の言葉が、頭の中で紡がれる。
(早く、全部知りてぇな……。ウォルジーの気持ち……)
「──や〜、いいねぇ、若いねぇ。青春真っ只中じゃないか」
閑話休題、フェリクスはジニを見遣ると、愛しげに目を細めた。
「懐かしいなぁ……。俺も奥さんと恋人になる前、彼女に花を贈って告白をしたっけ」
「花〜!? 何すか! モーガンさん、意外とロマンチックなことするんですね!」
「ははっ、やめろって」
ヒューヒューと自分を茶化すジニにフェリクスは照れ笑いを浮かべ、意味もなく改良中の一人オーケストラくんをいじる。
「でもな……本当に喜んでくれたんだ。花束を握り締めてはにかみながら笑う彼女のあの笑顔は、今も鮮明に思い出せるほどさ」
「……へぇ〜」
フェリクスのあまりにも幸せそうな表情を見ているうちに、ジニの心境に変化が現れた。
「俺も、ウォルジーに何か贈りたいな……」
告白の言葉を紡ぐだけでなく、想いを込めた贈り物も一緒に渡せれば、最高ではないか。
強くそう思った。
「いいね、ぜひ差し上げてごらんよ。ウォルジーさんも喜ぶんじゃないか?」
「へっへー! だといいんですけど!」
ジニはニマニマと口角を上げ、鼻を擦る。
「……あっ、そういえば、エラ君。話変わるけど、開発計画書はどのくらい書けた?」
「んえあ゛あ゛っ!? ぼっ、ぼちぼちです!!」
フェリクスにふいに尋ねられ、ジニはギクリと心臓を鳴らし、慌てて万年筆を走らせる。
話に夢中になるあまり、すっかり開発を行う【動く折り紙】についての計画書を書く手が止まってしまっていたのだ。
(……そうじゃん! これならシンプルだし、楽しいし、おまけにロマンもある! これだ!)
ブルスバリーの帰り道で閃き、商品化に向けてジニが開発を進めることになった、件の魔法道具。
生き物の姿を折ると折り紙が命を持ったように作動し、犬を折れば元気いっぱいに走り回り、猿を折れば木の枝をよじ登る。
猫を折れば高いところにジャンプをするし、鳥を折れば青い空を舞うといった、夢が溢れる子供向け玩具だ。
もっとも、それを実現させるには、ジニが開発にあたっての必要事項をまとめた開発計画書の作成を終わらせなくてはならないので、まだ願望段階ではあるが。
「……そういえば、これを思い付いたのも、ウォルジーのおかげなんですよね」
ジニはポツリと呟く。
彼女の作った折り紙がなければ、到底自分では考えられなかったアイデアだっただろう。
そのことに、改めて彼女への感謝が滲む。
「へぇ、そうだったのか。じゃあ尚更、ウォルジーさんに素敵なものをあげたいところだな」
「はい!」
揚々と返事をすると、ジニは再び計画書に目を通し、必要人員や魔材、開発にかかる予想日数などの推定方法を、フェリクスに教わりつつ書き出していった。
ハイネ・カンパニーの商品にしては珍しく玩具系の魔法道具が誕生するかもしれないということで、フェリクスを始め、他の開発部員らもジニの商品開発を割と好意的に見てくれてはいる。
(よおおぉしッ!! 頑張っちゃうからな!!)
贈りものへの気合いも相まり、ジニのやる気は、湧き水の如く溢れ出てくる。
彼は今、非常に良い方向に向かっているのかもしれない。
────
「──ダーーーーッ!!!! 考えれば考えるほど、何贈りゃあいいのか分かんねぇよ!!!!」
そんなことはないのかもしれない。
ジニは只今、一人大変なことになっていた。
「俺の想いをウォルジーに伝えんだろ? ってことはそれって、俺がいいと思ったもので、かつウォルジーが気に入ってくれそうなものを選ばないといけないってことだよな?」
贈りものの要点をまとめてみたが、その条件に合うものというのが、中々の曲者なのだ。
「俺がどんなにいいと思っても、ウォルジーはイヤだって可能性もあるじゃん? で、絶対に逆のパターンもあるじゃん? も〜!! どうすりゃいいんだよ!!」
ジニは髪を掻きむしり、歯をキリキリと軋ませる。
今までの人生、誰かへの贈りものでこんなに頭を悩ませるのは初めてだった。
一応、同年輩の少女にプレゼントを渡したこともあるにはあるが、その時は気軽に髪飾りなんかを購入し、深い気持ちなど込めずにポンと渡していた。
「想いを込めるって、楽じゃねぇんだな……」
頭を抱え、そう実感する。
「……て、あれ? ここ、どこだ?」
ふと、辺りの景色がいつもと違うことに気付き、ジニは周りを見渡す。
どうやら贈りものを考えることに気を取られていたおかげで、いつもとは別の道に辿り着いてしまったようだ。
(この辺、初めて来たな。あんまり工房から離れてはなさそうだけど……。こんな通りあったんだ)
ジニの辿り着いた場所は、住居に混ざり個人で営む店が散見されるくらいの、静観な通りだった。夕陽に染まる石畳が、どことなく哀愁を誘う。
「あっ、雑貨屋ある」
少し歩いてみた先で、ジニの視界に雑貨屋の看板が掲げられた建物が現れた。
何か贈りものの参考になるものはないかと、ジニは店に近付いてみる。
だが、あいにく本日は閉店してしまったらしく、店内の明かりは完全に落とされていた。
「まあ、そうだよな……。もう、十七時すぎてるし……」
よく見ると、他の店も閉まっているようだ。
大通り沿いならまだしも、こんな住宅地の周辺で、遅くまで営業している店のほうが珍しいのだろう。
となると、この通りに用はない。
そう思ったジニは、帰路に戻ろうと通りの角を曲がった。
そこで、ある一軒の店が目に入る。
「……んっ? あの店はまだやってそうだな」
道に面したそれは、ガラス張りのショーウィンドウが目を引く、こぢんまりとした宝石店だった。




