23話(62話) まだ、相容れず
「それじゃあ、エラ君。君の健闘を祈っているよ」
帰り際、セオドアはジニにそう言葉を送った。その声色は、相変わらず淡々としたものだったが。
「ありがと……あ、そうだ。セオドア、ちょっと待て。最後に、これだけ聞かせてくれ」
ジニはふいにセオドアを呼び止めた。
「何でお前、結局俺にウォルジーの好きなヤツのことなんか、教えてくれたんだよ……?」
「…………」
ジニの問いかけにセオドアは目を伏せ、やがて静かに口を開いた。
「……ウォルジーさんに、幸せになってほしいからかな」
「……ウォルジー、に……」
セオドアはコクリと頷き、口元に薄らと寂しげな笑みを浮かべる。
「僕はもう彼女の恋人にはなれないけど、それでも彼女のことが、心から好きだった。好きになった女性の幸せを願うのは、男として当然のこと。だから、彼女が幸せになる手引きをさせてもらった……。ただ、それだけのことだ」
「…………そっか」
ジニは口を結び、頷く。
(大人だな……)
セオドアに対し、自然とそんな感想が心に溢れた。
「俺も、言うからな。ウォルジーに、自分の気持ち、ちゃんと伝えるから……」
彼の想いを、無駄にするわけにはいかない。
ジニはグッとまなじりを決する。
「うん、頑張ってくれ。にしても、少し複雑だな……」
「へ? 何が?」
目を眇めてジニを見つめ、セオドアは軽い溜め息を吐いた。
「いや、実はね。僕は、ウォルジーさんの幸せは願っているけど、君の幸せについてはちっとも願っていないんだ。けど、彼女が幸せになるには君の存在が不可欠だろう? 一体、どうしたらいいもんか、と思って」
「な、な、な……何ーーーーッ!?!?」
セオドアのまさかの発言に、ジニは大絶叫をかました。
「お前!! 俺の味方になってくれたんじゃねぇのかよ!!」
「そんなわけないだろう。好きでも嫌いでもない人間の肩を、何でわざわざ持たなきゃいけないんだ」
「ンダアアァーーーーッ!!!!」
セオドアはまるで何かおかしなことでもあるのかと言わんばかりに眉根を顰め、発狂するジニを見つめる。
「なななな、何だよ何だよ!! せーーっかくお前と仲良くなって、カルと男三人でボーリングとか行けると思ったのによぉ!!」
「誰だ、カルって……。まあ、その気持ちだけありがたく受け取っておくよ。僕はこれから魔法調薬師の試験勉強を再開しないといけないんだ。あいにくだけど、君と遊んでる暇はない」
「キーーッ!!」
大真面目なセオドアに、ジニは発狂の嵐を起こす。
「遊びなんて、息抜きと思えばいいじゃねぇか!! クソ真面目だなあっ、セオドア君よぉ!! いや、テディ!! テディ坊ちゃん!!」
「…………ッ!?」
咆哮を上げるジニが何気なく発した嫌味混じりの呼称に、セオドアは激しく反応した。
「今、何て言った……?!」
「ひっ……!!」
あまりにも殺意にまみれたセオドアの表情に、ジニはビクリと全身を震わす。
「ななな、何、何?! あ、もしかして、その呼び方、イヤだった……!?」
「ああ……幼い頃から、散々呼ばれてきた愛称でね。お子様扱いされる場になると、どの大人も必ず、必ず……!!」
「理由しょうもねぇ!!」
「うるさい!! 僕にとっては忌まわしい呼び名なんだ!!」
「わ゛ーーッ!?」
セオドアは反射的にジニの襟元に掴みかかった。
ジニは猛烈に荒ぶるセオドアに激しく揺さぶられ、目を回す。
「もう二度と、僕をその名で呼ぶな!」
「ひゃい…………」
私怨、恐るべし。
セオドアの地雷は、意外と浅いところに埋まっていたのであった。
「──……ともかく、そういうことだ。僕は、ウォルジーさんの幸せだけを願っている。君がこの先どうなろうと知ったことではないけど、彼女が幸せになるには君が必要だから、仕方なく君を応援してあげるんだ。分かったか?」
「ご丁寧に、さっきと同じこと言ってくれやがって……」
平静を取り戻したセオドアに執拗に念押しされ、ジニは唸りを上げた。
「じゃあ、本当にそろそろ帰ろう」
「わーったよ。お前、あっちの路面電車使うんだろ? 夜道は危ねぇぞ〜、停留所まで送ってやろうか?」
「結構だ」
「そうかよ!!」
ここまで清々しいほどにキッパリ断られると、もはや怒る気も失せる。
この男とは、一生相容れない。
ジニは胸中でそう悟った。
「エラ君、君も気を付けて帰れよ。じゃあ」
「ああ、じゃあな」
セオドアは最後にジニの瞳を一瞥すると、踵を返す。早足で歩く彼の姿は、あっという間に夜闇に溶け込んでいった。
「……おかしなヤツだったな……」
マーシアをかけ、自分と闘った恋敵。
そんな彼の印象は、最終的にその言葉に集約された。
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「──おかえり、セオドア君。今日はいつもより遅かったね」
セオドアが店に戻ると、扉の音に気付いたジェームスが店奥の調薬室から声をかけた。
ちょうど薬を作っている最中のようで、部屋の入り口に付けられたカーテンには、彼が放つ魔法の淡い緑色の光が浮かぶ。
「すみません。配達を終えた後、どうしてもやらなくてはいけないことがあったので」
カーテンを開け入室したセオドアは、上着を脱ぎ、ジェームスにそう報告する。
「ふぅん? それは、前に言ってた勉強よりも忙しい、例のこと?」
ジェームスはセオドアに問いかけながら、すり鉢の中で混ざり合う光を帯びた薬草を薄い綿布に載せ、それを操作の魔法を使って搾り、薬草の汁を抽出していく。
「……そうです。ようやく、片が付きました」
「そっか、そっか。何だか分からないけど、少しはスッキリしたかい?」
「…………はい」
セオドアは俯き、頷いた。
「ははっ、それはよかった」
「はい。なので、気持ちを新たにまた勉強に打ち込みたいと──」
「いやぁ、でも。あんまり打ち込みすぎも良くないよ」
「は……?」
ジェームスは抽出した汁を丸底のフラスコに入れ、スタンドに置くと、セオドアのことを見据えた。
「君は僕の弟子になってから、不要な外出もせず、寝る間を惜しんで勉強に励んでいたね。夢のために努力することは立派だよ。でもね、君はまだ十六歳。もっと、外の世界に飛び込んでもいいんじゃないかな?」
「……? 先生、一体何が言いたいんです?」
ジェームスの発言の意図が読み取れず、セオドアは片眉を上げる。
「うん、つまりね……。君は、勉強しすぎ!!」
「はっ?!」
フラスコの中に粉末状にした木の根を入れると、ジェームスはピシッと言い放つ。
「正直言うとね、ここ最近君がめっきり勉強しなくなったのを見て、少し安心してたんだ。だって君、僕の弟子になってからずーーっと勉強ばっかりしてたんだもの。だから、薬の配達がてら、ようやく興味のあることでも見つけたのかなーなんて思ってたりもしたのさ」
「そ、そうだったんですか……」
「ああ」
ジェームスはセオドアに薄く微笑むと、フラスコを振り言葉を続ける。
「まあ、君は内心、とても安心など出来る感じではなさそうだったけど」
「うっ……」
分厚い眼鏡の底から、しっかりと見抜かれていたようだ。
気まずくなり、セオドアは思わずジェームスから目を逸らす。
「セオドア君。勉強も見習いの仕事も大事だけど、もっと色んなことを経験しておいでよ。君は、若い。気ままに出かけたっていいし、遊んでもいい。もう少し、柔軟に生きていいんだよ」
「…………」
セオドアは口を結ぶ。
クソ真面目と言われるほど固い頭の自分が、今更そんな生き方をすることが出来るんだろうか。
だが実際、先程まで経験していた一件は、ある意味で柔軟に行動したがゆえに発生した出来事だったようにも思える。
(……堅すぎも、良くないってことか)
何となく、ジェームスの言っていることが理解出来たような気がした。
「それこそ、君。今、若い子達の間でボーリングが流行ってるらしいじゃないか?」
「ボ、ボボ……ボーリング!?」
ついさっき聞いたばかりの単語に、セオドアは思わず過剰に反応する。
「そう、ボーリング。知らない? 穴の開いた玉を転がして、ピンを倒すスポーツだよ」
「は、はあ……」
さすがに、それは知っている。
反応したのはそこではないのだ。
「今度、友達でも誘って行ってきたらどう? きっと、皆んなでわいわいすれば仲もより深まるし、何より、ちょうどいい勉強の息抜きになるんじゃないかな」
「……そ、そうですね……」
誰かさんと全く同じことを言われ、セオドアの口角は引き攣る。
「──って、もう店じまいの時間だ。ははっ、この時間はお客さん来ないから、すっかり話し込んじゃったね」
壁掛け時計を見たジェームスは朗らかに笑うと、会話の合間に完成したフラスコの中の薬を、薬瓶に移し注いでいく。
「セオドア君、外の看板よろしく」
「はい……」
そして、ジェームスは薬瓶にラベルを貼り、コトリと薬棚にしまった。
(ボーリング……)
セオドアは看板に手をかけ、ぼんやりとまばらに見える星を眺める。
気持ちだけ受け取るといった矢先、意見を変え、自分から誘うのは果たして有りなのか。
いくら柔軟にと言われても、そればかりは分からない。
「……まあ、また会う機会があったら、聞いてみるか……」
「気が向いたら」。
そう付け足し、セオドアは看板を店内にしまう。
──セオドア・トヴェイト。
クソが付くほど真面目で、思ったことはすぐ言葉に出る毒舌家。さらには少々頭も固く、割と融通の利かない少年。
そんな彼だが、後にかつての恋敵であるジニ・エラの魔法道具作りに一役買うこととなる。
それはまだ、誰も知らぬ先の話──
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
ただいま第二部完結に向けて鋭意執筆中のため、投稿再開までに少々お時間をいただきます。
最高の展開にするべく、全力で取り組んでいく所存でございますので、お待ちいただけると幸いです!




