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22話(61話) 対話

 

 ****




 その答え合わせは、三日後にはやってきた。



「エラ君、話がある」

「セオドア……!」


 

 ジニは仕事終わり、塀の前で待ち構えていたセオドアに声をかけられた。


「ここではなんだし、近くにある公園に行こうか」

「…………おう」


 自分にとって(ろく)な話でないことは分かっているが、会社の前で口論をするわけにもいかない。

 ジニはセオドアを睨みつつもひとまず彼に従い、工房近くの小さな公園に向かう。



「先日、ウォルジーさんに『交際してほしい』と伝えたんだ」

「…………っ!」



 ベンチに着くや否や、セオドアに淡々とした表情でそう告げられ、ジニは戦慄する。

 予想はしていたが、実際当人に聞かされると改めて現実味を増し、冷や汗が額を伝う。


「……ウォルジーは、何て……?」


 思わず口が開く。

 イヤだと心が叫んでいるのに、そう聞かずにはいられなかった。


「……断られたよ。その話は、お受け出来ないってね」


 隣のジニと目を合わせようともせず、セオドアはただ前を見つめたまま、彼の問いに答えた。


「へぇ……! そ、そうかよ……!」


 ジニはその答えに、恋敵(ライバル)がいなくなったと内心大いに安堵する。

 だが、そんな彼へ、セオドアは容赦なく爆弾を浴びせた。

 

 

「彼女には、好きな人がいるんだそうだ」

「へぇ……?!?!」



 一瞬、ジニの思考は飛んだ。


「好きな人がいるんだそうだ」。

 その言葉は確かに聞き取れたのに、情報として何も脳に伝達してこない。


「す、すすす、すす、好きな人……ッ!?」

「ああ」


 ようやく理解が追いついてきたと思えば頭を抱え、ジニは回らぬ口でセオドアに尋ねる。


「う、嘘だろ……そんな……っ!!」


 後は自分が告白し、セオドアとの勝負の行く末に終止符が打たれようかと思いきや、まさかの第三者による介入。

 そればかりは、心から予想していなかった。

 

「嘘じゃない。僕は本人から、誰のことが好きなのかも、しっかりこの耳に聞いているんだ」

「え゛っ……!?」


 セオドアは自分を凝視するジニに向かって、鋭利な声を放つ。


「だ、誰なんだよ……! ウォルジーは、誰を好きだっていうんだよ!」

「そんなもの、先日まで彼女をかけて勝負をしていた相手に教えるわけがないだろう」

「くっ……!」


 それはそうである。

 ジニは言い返せず、歯を食い縛る。


 そんな折、セオドアがふいに冷然とした顔で、ジニをまじまじと見つめた。


「……エラ君。僕は、ウォルジーさんのことが本当に好きだった。ぜひとも……いや、何としても彼女に、僕の恋人になってほしかった」


 次第に彼の面持ちは愁然の色を帯び、膝に置いた拳には、自ずと力が込められる。


「けど三日前、ウォルジーさんには想いを寄せる人がいるんだということに気が付いた」

「気が付いた? ウォルジーから話をしたとかじゃなく……?」

「そうだ。彼女の表情で、全てを察した。彼女が()のことを話した時に見せた笑顔が、心から好きな相手に向ける表情だったから……」


 セオドアは眉根を寄せ、項垂れる。

 彼の肩は、小刻みに震えているように見えた。

 

「……僕はどうしても、彼に勝ちたかった。だから、その場で彼女に告白したんだ。勝ち目がなくても、自分の気持ちを伝えなければ、何も始まらないと思って……」

「…………」


 いつしかジニは、セオドアの言葉に真剣に耳を傾けていた。


「それで、正直に気持ちを伝えた結果、僕は呆気なく彼女に振られたってわけさ。……随分と、一途な目をしていたよ。本当に、彼のことを慕っているんだろうなぁ」

「……セオドア……」


 遠くを見つめ、寂しげに口角を上げたセオドアを見て、ジニは思わず声を漏らす。

 

 恋敵(ライバル)……その名の通り、セオドアは自分の敵だった。

 だが、彼も自分と同じくらい、マーシアを愛していたのだ。

 

 恋の勝負に果敢に挑んだ彼が、悔しいが立派に見えた。

 同時に彼に対し、そこはかとない罪悪感に駆られる。


「……悪かった。さっき俺、お前がウォルジーに振られたって聞いて、正直ホッとしてたんだ。恋敵(ライバル)がいなくなったって……。けど、お前だって、本気でアイツのこと好きだったんだもんな。ごめん、そんなこと思って……」


 ジニはセオドアに頭を下げ、深謝した。

 セオドアは彼の謝罪に驚いたのか目を丸くすると、ふっと自嘲的な笑みを添え、彼を見据える。


「別にいいさ。僕だって、逆の立場だったら、君に対して同じことを思っていただろうし……」

「ああ、だとしても……本当に悪かった」

「気にするなよ。もう終わったことだ」


 そう言うと、セオドアは次いでポツリと言葉を溢す。

 

「……君は、本当に素直な人なんだな」

「……?」


「彼女の言う通りだ」。

 そう紡がれた言葉はあまりにも小さい呟きで、ジニの耳には届かなかった。


「まあ、何はともあれ、これにて僕は君の恋敵(ライバル)ではなくなった。もう、いがみ合う必要はない」

「そう、だな……」


 するとセオドアは、右手をスッとジニの前に差し出す。ジニはその手を取り、彼と握手を交わした。

 決してにこやかな雰囲気とは言えないが、ともあれ彼らの関係は、これで晴れて敵対ではなくなったのだ。




 ****




「ウォルジーさんは、彼の笑顔が好きなんだそうだ。顔に、彼の無邪気で素直な感情が出ていると言っていてね」

「ふーん……笑顔ねぇ」


 その後、セオドアはジニにそう話した。

 ジニは膝に頬杖をつき、顰め面を彼に返す。


(どんなヤツなんだよ、それは……)


 彼女が惚れ込むほどの笑顔。

 そんな武器を持つ者がいると思うだけで、腹立たしく嫉妬の思いが湧き上がる。


 そんなジニの様子を見たセオドアは、目を眇め再び口を開く。


「そうだな……。あと他に僕の聞いた情報は、彼は()()のように明るい人だということで──」

「……?! たっ、たたたたた、太陽?!?!」

「? そうだ」


 ジニはセオドアの言葉に過剰反応し、話を遮ると思わずベンチから立ち上がった。


「ふっ、ふざけんなああ!! ウォルジーに太陽みたいって言われたのは俺だぞ!! どこのどいつだ!? ウォルジーから俺の印象を横取りしやがった、ふてぇヤツはよおお!!」

「は?」


 髪をわしゃわしゃと掻き乱し、ジニは大発狂した。公園を行き交う人々の視線が、たちまち二人に注がれる。


「ちょ、ちょっと待て。君……もしかして、何も気付いていないのか?」


 セオドアはかなり懐疑的な面持ちで、ジニを仰ぎ見た。


「はあっ?! 何をだよ!?」

「何って、ウォルジーさんの好きな人……」

「だから!! それが、俺とは別の太陽みてぇなヤツだってんだろ?!」

「え、いや……あ〜、そうか……。君って、そういう考えに至る人なのかぁ……」


 セオドアはジニに向かって呆れた声を出すと、頭を抱える。

 元敵に塩を送っていたつもりだったが、察してもらうには相手の理解力が足らなかったようだ。


「エラ君……。君は、僕が想像していたよりも、ずっと馬鹿なんだな」

「なにーーっ!!!!」


 突然の暴言に、ジニは激しく憤怒する。


「〜〜▼☆△♨︎◎*♢!!!!」

「言葉になっていないぞ、落ち着け」

「お前のせいだろが!!」


 ジニははあはあと肩で息をすると、セオドアを悪魔の形相で睨んだ。


「……太陽なんて、二つあったって仕方ないだろう」

「えっ?」


 セオドアはジニを睨み返し、そう呟く。


「一つだけあれば充分だ、ウォルジーさんの心を照らす太陽は」

「? どういうことだ、それ……?」

「〜〜っ、あああ、もう……!!」


 察しの悪いジニに痺れを切らせ、セオドアは歯を軋ませた。


「鈍いな、君は! あのなぁ、ウォルジーさんにとっての太陽は、最初っから一人しかいないんだ! 増えることなんかない! ずっと、初めから……ただ一人だけを慕っているんだ!」

「……っ!」


 セオドアの言葉に、ジニはようやくハッとした。

 彼女にとっての太陽は、ただ一人。


「…………それ、って」


 先日のマーシアの様子が、ふと蘇る。



『エラ様、私……。あ、あなたの……あなたのことを……──』



 あの時、彼女が自分に言おうとしていたことは──。

 あんなにも切ない顔をしていた、その意味は──。



「……少しは分かったか?」


 セオドアは呆然と黙りこくるジニを見つめ、問いかける。

 

「……そうなのか? 本当に……」

「皆までは言わないよ。ただ、これでもまだ分からないと言うなら、君は本当の本当に大馬鹿者だぞ」

「…………」


 ジニの鼓動が早鐘を打つ。

 それは決して、不安だからではない。

 僅かな期待が、胸に灯されたせいだ。


「さて、と……。もう、こんな時間だ。そろそろ帰ろう」

「あ、ああ……」


 そう言うと、セオドアはベンチから立ち上がる。

 ジニも彼に釣られ、徐に腰を上げた。

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