21話(60話) 見られたくない
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それは、セオドアとマーシアの会話が終了しようとしていた頃。
「──ひぃ〜、やっと終わった……」
ジニは疲れた顔で工房の扉を閉め、本館の廊下をせかせかと急ぎ足で歩む。
約一週間ほど前のこと。
ジニはブルスバリーからの帰り道で思いついた魔法道具案を仮開発してみた。
すると、それがフェリクスから思いの外好評を得たため、思い切って開発に乗り出してみようという話になっていたのだ。
当初、ジニが魔法道具の本格的な開発に関わるには、指輪無しで操作の魔法を使いこなせるようになってからとしていた。
だが、先日の魔法図書館にて判明した"心の成長"云々の話をアレイシオに伝えると、彼は事情を理解し、指輪装着時でもジニが開発の仕事に携われるよう、許可を出してくれたのだ。
「そんな理由があったんじゃあ、指輪付けてでも開発に関わってもらわねぇと。でなきゃ、お前が日ごと燻ってっちまうだけだもんな」
という具合である。
ついでにジニは"操作の魔法成長日記"の更新停止も求めてみたが、それはそれということで、そっちは変わらず継続させられた。
そして、本日工房では、上記を踏まえた例の魔法道具案の開発についてアレイシオにパディー、それにフェリクスらと共にみっちりとした話し合いが行われ、それが先程ようやく終了したというわけなのだ。
(セオドアのヤツ、今日も来てやがんのかなぁ……。だとしたら、相当マズい。俺がいない間に、ウォルジーをデートにでも誘ってたら……)
自分の考えた魔法道具が開発の視野に入った喜びも束の間、ジニは焦燥に駆られひたすらに足を動かす。
だが、本館から出たジニは、目に映った光景に足を止めざるを得なかった。
「セオドア……ッ!!」
門から出たすぐそこの道で、セオドアとマーシアが対面し、立ち話をしていた。
ジニは思わず塀に寄り、身を隠す。
塀の陰から向こうを覗くと、僅かに距離はあるものの、セオドアが真剣な面持ちをしているのが見受けられる。
マーシアはよりによって後ろを向いているので、肝心なその表情は読み取れなかった。
(嘘だろ……? もしかして、先越されたのか……?)
嫌な予感しかしなかった。
額から冷たい汗が流れ、頬を伝う。
すると、ちょうど二人は会話が終わったらしく、セオドアはマーシアに何かを言うと、ツカツカとその場を歩き去っていった。
マーシアはというとその場に立ち尽くし、身動きもせずセオドアの背中を見送っている。
その光景に、ジニはより一層の冷や汗を顔から滲ませた。
「……ウォルジー」
「……! ……エラ、様……」
セオドアの姿が見えなくなったところで、ジニはマーシアの元へ急ぎ、彼女に声をかける。
マーシアはジニの駆け寄る足音にすら気が付かなかったようで、声に反応しピクリと肩を上げると、驚いた表情で彼を見遣った。
「エラ様、も、もうお仕事は終わったのですか……?」
「ああ。ところでさ、ウォルジー。今、セオドアと話してなかったか?」
「えっ……?!」
ジニの言葉に、マーシアの目が動揺するように泳ぐ。
「……みみみ、見ていらしたのですか……?」
「見てた、少しだけ。なあ、アイツと何の話してたんだ?」
「……!」
逸る気持ちが抑えられず、ジニは思わず口早にマーシアに問うた。
「そ、それは…………」
ジニの問いかけにマーシアはまごつき、彼から視線を外す。
明らかに戸惑いを帯びたその様子に、ジニの心臓は鼓動を早めた。
(……俺に言えないような話なのか……? 何だよ、それ……。何を話してたっていうんだよ……)
そうは言うものの、セオドアとマーシアは、二人きりで話をしていたのだ。
そして、マーシアは自分の問いに答えられず言い淀んでいる。
否が応でも、セオドアが彼女に何らかのアプローチをかけたことくらい、察することは出来た。
(……だとしたら、ウォルジーはセオドアに何て返事をしたんだ……?)
考えたくもないもしもの光景が、頭の中を駆け巡る。
セオドアとマーシアが親しげに身を寄せ合う、そんな光景が──。
ジニの手は、気が付けば震えていた。
(そんなの、イヤに決まってんだろ……! そうだ、もういっそ、ここで告白しちまうか……? 俺の気持ち伝えたら、もしかしたら、ウォルジーの気が俺に向いてくれるかもしんねぇし……)
その逸る気持ちから、ジニは浅慮な思考に陥った。
告白する覚悟を決めてからは想いを伝える場や雰囲気など諸々を考えていたが、もうそんな呑気なことを思案している場合ではない。
「ウォ──」
ジニが大きく息を吐き、想いを伝えてしまおうかと、マーシアを見据えた時だった。
「エラ様、私、わ、わたし……」
「ん?」
マーシアが、ふいにジニの名を呼んだ。
「何だ、どうした?」
「あのっ……わ、私、そのう……」
「……? 落ち着けよ、ゆっくりでいいから」
「は、はい…………」
声を震わすマーシアを見て、ジニは気遣わしげに彼女に声をかける。
マーシアは呼吸を整えると、真っ直ぐにジニの瞳を見据えた。
「エラ様、私……。あ、あなたの……あなたのことを……──」
だが、マーシアは途中で言葉を噤み、目を伏せてしまった。
「……俺? 俺が、何だって……?」
「…………っ!!」
ジニは思わず眉を顰める。
彼の問いにマーシアは萎縮し肩を縮めると、か細い声を絞り出す。
「いえ、エラ様……す、すみません。やっぱり私……今日は、これで失礼いたします……」
「はっ?!」
言うや否や、マーシアは手で顔を覆い、早足でその場から立ち去ろうとした。
「ウォルジー、ちょっと待てって! いきなりどうしたんだよ!」
「…………っ」
突然の事態に、ジニはマーシアを呼び止め、咄嗟に彼女の腕を掴む。
「ごめんなさい……。今、あなたに顔を見せられない……」
「はあっ?! な、何言ってんだよ!」
「だって、だって……」
「よく分かんねぇけど、さっきから少し落ち着けっての!」
マーシアは思いっきり顔を俯かせ、抵抗を見せる。
そんな彼女の様子にジニはますます不安に駆られ、思わず彼女を自分のほうへ引き寄せた。
「…………!」
引き寄せられた衝撃で、手で覆われていたマーシアの顔が、ほんの一瞬露わになる。
彼女のその表情に、ジニはハッと息を呑んだ。
「……お願いです……。み、見ないで……」
マーシアの顔は耳まで真っ赤に染め上がり、潤んだ瞳は、ますます真珠のような煌めきを放っていた。
今まで見たことのない彼女の表情に、ジニの心臓はドキリと音を立てる。
「なっ……だ、大丈夫か? 本当に、何が……」
「……うううぅ……」
マーシアは再び手で顔を覆い尽くし、首をふるふると横に振ると、か細い声を絞り出した。
そして──。
「……エラ様……ご、ごめんなさい……!」
「え? あ゛ーーっ!? おいっ、ウォルジー!!」
マーシアは、そのまま勢いよく駆け出していってしまった。
「ウォルジー! ウォルジー!!」
ジニの幾度の呼びかけにも反応せず、マーシアは通りの角を曲がり、姿を消す。
「……何が、なんなんだよぉ!!」
全く状況が理解出来ず、ジニはその場でただ叫ぶ。
マーシアとセオドアの間に、一体何があったのか。何故、彼女はあんなにも切なげに熱った顔をしていたのか。
そんなもの、今の今では分かるわけなかった。




