20話(59話) この想いを、君に
心臓が激しく高鳴り、セオドアの身体は汗が吹き出しそうなほどに熱くなった。
「…………え? え、えっと……トヴェイト、様……?」
マーシアは理解が追いつかぬ様子で狼狽え、ひたすらに目を泳がせる。
「混乱させて、ごめん。けど、もう一度だけ言わせて。好きなんだ、ウォルジーさん、君のことが……。だから僕と、お付き合いをしてほしい」
「…………っ」
ようやく咀嚼出来たセオドアの言葉を受け、マーシアの顔はみるみるうちに紅潮していく。
「……あ、あの……」
やっとのことで口から言葉が出たかと思えば途端に詰まり、マーシアは困惑を隠せない様子だ。
セオドアは、自身の瞳を切なげに細める。
「……返事を、聞かせてくれないか?」
自身の告白に、マーシアが明らかな動揺を示しているのは承知の上だった。
こうなることくらいは分かっていた。
彼女にはすでに意中の相手がいるのだから、当然の反応だと。
だが、それでも──。
自らの気持ちばかりが急いて、セオドアは気付けばマーシアにそう尋ねていた。
「ト、トヴェイト様……。お気持ち、大変嬉しいです……。男性から好意を伝えられたことなど、今までなかったものですから……。で、ですが、その……その……」
「…………」
言い淀んだ先に続く言葉を、不思議と理解出来てしまった。
「私には……お慕いしている方がいるんです……」
(……そうだろうな)
心の内で呟くと幾分か冷静になり、状況を静かに受け入れられた。
「……そうか……」
「は、はい……。ですので、すみません……。このお話は、お受けすることが──」
「一体、どんな人?」
「はい……?」
マーシアの返事を遮り、セオドアは割って彼女に問いかける。
「その人は、漢気に溢れる精悍な人? それとも、誠実で品性に富んだ人?」
彼女の想い人には到底当てはまらない人物像を、わざとぶつけてみる。
マーシアは問いに戸惑い一時顔を伏せたが、やがてセオドアを見つめ、こう答えた。
「太陽のような、明るい方です」
「……太陽……」
その答えを聞きセオドアは、マーシアにとっての彼の存在の大きさを、刹那に悟る。
「……もしかしてその人、髪色も太陽みたいな色をしてるんじゃない? それに、いつも騒々しくって、よく一人で叫んでたりしてさ」
「え……?」
マーシアはセオドアの言葉に目を丸くする。
思わず見遣った彼の瞳は、まるでそれが誰だか知っていると物語っているようだった。
「どうして、それを……?」
「気が付かないわけないだろう。君がさっき、彼のことを話していた時の顔。あれで、すぐに分かったよ」
「あっ……」
マーシアは先程と同じように、顔を赤らめる。
「まさか、エラ君をね……」
「はい……。すみません、トヴェイト様……私……」
「謝らないで。誰かを好きになるのは止めようがない。仕方のないことだよ」
セオドアはマーシアに平然とそう言ってみせた。
彼女に、打ちひしがれた姿を見せないように。
「……ところでウォルジーさんは、エラ君のどこを好きになったんだ?」
「……!」
決して聞きたいわけじゃない。
けれど、聞いておかねばならないような気がして、ふいにマーシアに問うた。
「は、話してしまっても、大丈夫なのですか……?」
「構わないよ、教えてほしい」
悪いと思っているのか遠慮がちな声を出すマーシアに、セオドアは弱く微笑む。
「……実は、初めにエラ様のどこを決定的に好きになったというのは、ハッキリと分かっていないんです。気付いた時には彼に恋をし、彼と過ごす時間を、愛しいと感じるようになっていました」
「…………」
自分から聞いたものの、やはり堪えるものは堪える。セオドアは密かに拳を握った。
「けれど、自身の想いに気が付いて、ようやく分かりました。私は、エラ様の笑顔が好きなんです。屈託のない、彼の素直な感情が表れた、あのお顔が……」
「………………」
彼の性格上、マーシアとの最初の出逢いから、彼女に笑顔を見せていたのだろう。
自分は、どうだ?
彼女と初めて会話を交わした時、一回でも彼女に笑顔を見せたか?
気さくに彼女に話しかけていたか?
ジニのことを、薄らと下に見ていた。
あんなヤツになら勝てると。
だが本当は、そう思うことで自分が安心したかっただけなのかもしれない。
(結局僕は、どう足掻いてもエラ君には勝てなかったのか……)
自分がもっと上手く立ち回れていれば、彼女と出逢った時期がもっと早ければ。
色んな思いが渦を巻く。
だが、どれほど悔やんだところで、彼女が想いを寄せる相手は変わらない。
「……彼は、僕と正反対だな」
耐えていたものがセオドアの瞳から溢れ、彼の頬を伝う。
「ウォルジーさん……君は、エラ君のことが好きなんだよね?」
「……はい」
「だから、僕とお付き合いは出来ないんだよね?」
「…………はい」
マーシアの面持ちにも絞り出す声にも、端々に心苦しさが滲む。
だが、その瞳は揺らがず、真っ直ぐにセオドアを見据えていた。
「ありがとう、分かった……」
もう、充分だった。
自分は、恋敵よりも先にマーシアへの気持ちをひた隠すことなく、彼女自身に伝えることが出来た。
彼女は、そんな自分に向き合い、応えを出してくれた。
自分はしかと、闘い抜いのだ。
「……恋をしたのなんて、初めてだった。君のような魅力溢れる女性を好きになれたこと、本当に嬉しく思うよ。ありがとう、ウォルジーさん……」
最後に精一杯、彼女に感謝を伝える。
すると、すうっと気持ちが落ち着き、心が澄んでいくような気がした。
「トヴェイト様……改めて言わせてください。私のような者を好きになってくださり、本当にありがとうございます」
セオドアの言葉を受け、マーシアは相変わらず心苦しそうに彼を見つめると深く礼をし、謝意の言葉を送った。
「あなたが将来立派な魔法調薬師になれることを、心からお祈りしております。そしてどうか、ヘレナ様も良き魔獣医師となれますよう……」
「うん、ありがとう……」
最近、本来の目的を忘れていたことを思い出す。魔法調薬師試験の勉強も、随分と疎かにしてしまった。
妹のために再度奮起しなければと、セオドアは一新して決意を取り戻す。
その時、セオドアは彼女の遠く後ろ、塀の陰からこちらを覗く、一人の人物を視界に捉えた。
「……ウォルジーさんも、彼と上手くいくことを祈ってるよ」
「はい、ありがとうございます……」
セオドアはマーシアに気付かれぬよう後ろを見遣ると、彼女に視線を戻し、薄らと微笑む。
「いっそ気持ちが固まっているなら、もうエラ君に気持ちを伝えてしまえば? 彼、調子良さそうな人だし、案外すんなりと君を受け入れてくれるかもよ」
「え゛っ……!?」
セオドアの発言にマーシアはあんぐりと口を開け、固まる。
「そ……そそそ、そんな……っ!! それはまだ、心の準備が……!!」
「恥ずかしがる必要はないだろう、彼のことが好きなんだから。僕だって、好きだからこそ君に気持ちを伝えた。君も、彼に気持ちを伝えるべきだと思うな」
「でででで、ですが……っ!!」
狼狽えるマーシアに、セオドアはピシャリと言い放つ。
良くも悪くも、二人が両思いなのを知っているからこそ言えることだった。
「まあ、結局は君次第だけどね。……では、そろそろ失礼しようかな。これ以上、僕に口出しをする権利もないし」
ふと、セオドアは再び彼女の後ろを一瞥し、機能停止するマーシアにそう言うと、踵を返した。
「じゃあね、ウォルジーさん……」
「は、はい……」
そして、セオドアは振り返ることなく早足でその場を去っていく。
(……全部、終わったんだな)
道すがら、セオドアは肩の荷が降りたような感覚を覚えた──。
が、一つだけあの男に言っておかねばならないことを思い出す。
(……でも、今日はやめておくか)
セオドアは、一旦その思いを胸にしまう。
そうしたのは、通りの角を曲がる直前、マーシアに駆け寄る騒々しそうな例の男の姿が目に映ったからだ。




