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19話(58話) 知りたくなかった

 ジニの覚悟は、以前"マーシアに自分を好きになってもらう"と決意した時よりも確固たるものだった。


 セオドアもまた、マーシアとの仲を深めるために慣れない様子で彼女にアプローチをかけ、彼なりに奮闘していた。


「ウォルジー! ちょっと話があ──」

「やあ、ウォルジーさん! 今日も会えたね」

「…………ぎっ!!」


 だが、ジニがマーシアに話そうとすれば、どこから湧いてくるのかセオドアが現れ、ジニの妨害をする。


「ウォルジーさん。今、時間平気かな──」

「ウォルジー!! 奇遇じゃねぇか!! 一緒に帰ろうぜ!!」

「…………くっ!!」


 セオドアがマーシアに話そうとすれば、疾風の速さでジニが現れ、セオドアの妨害をする。


 互いの攻防により、ジニは中々マーシアに肝心の想いを伝えられず、セオドアは中々マーシアをデートに誘えず……。

 今のところ、どっちがリードしているということもなく、かれこれ一週間以上は並走状態が続いている。


 ジニも早いところ、マーシアに想いを伝えたいとは思っていた。

 だが、やはり部署が違ければ会いたい時に会えないもので、運悪くその機会は訪れない。


「……いつになったら、そん時が来るってんだよ!!」


 そうこうしている間にも、セオドアが隙を付いてマーシアに接近してしまいそうで、ジニは内心落ち着かない日々を過ごしていた。

 



 ****




「──セオドア君、最近どうしちゃったんだい?」



 そんなある時、ジェームスがセオドアに向かってそう呟いた。


「どうしたって、何がです?」

「いやぁ。こないだまで、あんなにたくさん勉強をしていたのに、近頃夜中に勉強している姿をパッタリ見かけなくなったなぁと思ってさ」


 ジニに恋敵ライバル宣言をして以降、吹っ切れたセオドアはマーシアを無理に忘れる必要がなくなったため、以前よりも格段に試験勉強の量が落ちていた。


 手を付けていないこともないが、現状が現状だけに専門書をめくっても集中が出来ず、実質勉強していないも同然だった。


「僕は今、別のことで忙しいんです。まず、先にそっちから片を付けなくては……」

「別のこと?」

「……いえ、気にしないでください。それより僕、そろそろベネットさんの家に薬を届けてきますね」

「あ、ああ……。それじゃあ、頼んだよ」


 心配そうに眉尻を下げるジェームスを横目に、セオドアは彼に背を向ける。

 ジェームスから覗けぬその表情は、どこか険しく、焦りを含んでいた。




 ****




「こんにちは、ウォルジーさん」

「うふふ。トヴェイト様、またいらしてくださったんですね」


 マーシアは、セオドアににこやかな笑顔を向ける。


 ここ最近、仕事終わりにセオドアと出会う回数が増えた。何でも、薬の配達を毎日しているのだそうだ。

 

 初めはニコリとも笑わなかったセオドアだが、会話を重ねるごとに柔らかい表情をしてくれることが多くなった。

 同齢の友がまた一人増えたことが嬉しく、マーシアはついつい目元を緩め、彼との会話に花を咲かせたのだ。



「──そういえば、今日はエラ君が見当たらないね」



 会話の途中、セオドアが警戒するように辺りを見回し、そう口にした。


「お昼にお会いした際、先日仮開発をした魔法道具の件で、少し残業をしなければいけないのだとおっしゃっていました。きっと、お仕事で何か進展があったのかもしれないですね」


 ジニのことを話し、マーシアははにかむように小さく微笑む。

 その様子にセオドアはムッとし、声色を強くした。


「へえ、それは一体、どんなものを作ったんだか。彼、結構独特な感性を持っていそうだから、奇抜で妙ちきりんなものなんか作ってないといいけど」


 ほんの少し、セオドアの言葉には苛立ちが混ざる。


「うふふっ。けれどエラ様のことですから、きっとまた、おかしなものを作られていると思いますよ」

「えっ……?」


 マーシアは、そんな彼の毒には気付かず、再び柔く微笑んだ。


(……っ)

 

 その微笑みが自分に向けられたものではないと、セオドアは直観的に悟る。

 心臓が、鈍い音を立てたような気がした。

 

「エラ様が編み出す魔法道具は、いつもおかしくて、楽しくて、そして誰もが明るくなれる、そんな素敵なものなのです。今はまだ本格的な開発には関わってはいないそうなのですが、私、エラ様はいつか必ずたくさんの人々を笑顔にする魔法道具を作り出せると信じているんです」

「…………」

「先日も、とってもおかしなものをお作りしたそうなのですよ。何でも、手がいっぱい生えていて、自由自在に楽器を演奏してくれる道具だとか……。ふふっ、まだ実物は拝見していませんが、想像するだけで楽しくなってしまって」

「……そ、そうか。本当に、変なものばっかり生み出してるんだな……」


 ジニのことを話すマーシアの表情を、セオドアは初めて見た。


 ジニとの会話を思い出して細めるその瞳には彼への愛しさが滲み、握り締める両手からは、彼の活躍を願う想いが溢れている。

 


(……ウォルジーさん。君は、エラ君のことを……)



 セオドアは気付いてしまった。

 何とも余計で、一番知りたくなかったことに。


 喉も手も、とにかく全身が震えるような感覚を覚えた。


 一体、いつから?

 そう、胸の内で思う。


 ジニ(かれ)が、マーシアを家まで送り届けたという時から? それとも、もっとずっと、自分の知らない会社での出来事がきっかけで──?



「……トヴェイト様? どうかなさいましたか?」


 突然黙りこくってしまったセオドアを気遣い、マーシアは俯いてしまった彼の顔をおずおずと覗く。


「……何でもないよ」


 今のセオドアには、それだけ言うのがやっとだった。

 これ以上何かを紡げば、感情を全て露わにしてしまいそうだったからだ。



(……馬鹿馬鹿しい。自分から勝負を挑んでおいて、僕は初めっから、彼に敗けていたんだ)

 


 自分が惨めで情けなく思え、セオドアはグッと拳を握る。



 あんなに騒々しく、品性もなければ学もなさそうな、問題児の男。

 そんな男に、自分がはなから敗けていたという事実。



(……いや、まだだ……。まだ、僕は敗けていない。闘わずして自ら敗けを認めるなんて、あってはならない……)



 辛うじて、セオドアの闘志は完全に消え去ってはいなかった。

 マーシアの恋の相手が問題児ならば、彼よりは優秀な自分が彼女に振り向いてもらえる可能性は、まだ十二分にある。


 そう考えたのだ。


"そう考えたかった"というのが、正しいのかもしれないが。



(ウォルジーさん……)



 顔を上げ、セオドアはマーシアを見つめた。

 

 彼女と過ごした時間は短い。

 それは、ジニ(かれ)よりも圧倒的に。


 それでも、想いは募っていくのだ。

 なら、行動するしかない。


 後悔しないために。

 願わくば、彼女と共に在る未来を築くために。

 

「ウォルジーさん」

「はい?」

「……大切な、話があるんだ」

  

 セオドアは、マーシアの真珠のような瞳をしかと見据えた。



「ウォルジーさん。僕は、君のことが好きだ」



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