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18話(57話) 恋敵

 ジニとセオドアは、無言で見合う。

 口を開いたのは、ジニのほうからだった。


「……ウォルジーのことについて話すって……。それ、どういうことだよ?」


 どこからともなく嫌な予感を感じ、ジニは恐る恐るセオドアに問う。


「そんなもの、決まってる。単刀直入に聞くよ、エラ君。君は、ウォルジーさんの恋人なのか?」

「はっ、はああああッ?!?! な、ななな、何でだよ!! ちっげぇよ!!」


 ジニの顔面は瞬時に紅潮し、辿々しくセオドアの問いを否定する。


「……そうなんだ? ウォルジーさんを家に送り届けたと言っていたから、てっきり……」

「あれは、仕方なかったんだよ! ウォルジーが寝てて、家まで帰れなかったから!」

「なるほど……。じゃあつまり、彼女とは深い間柄ではないということだ」

「だから、そうだっつってんだろ!!」


 セオドアはギャースカ騒ぐジニを流し目で見つめ、ふっと息を吐く。



「よかった。なら、僕がウォルジーさんのことを好いていても、何の問題もないね」


「……ん? え? す、すいて……?」



 一瞬、セオドアの言っていることの意味が理解出来ず、ジニは思わず彼に聞き返した。


「今、言っただろう。僕がウォルジーさんのことを"好き"でも、何の問題もない、と」

「はっ、えっ……?! はあぁっ?!?!」


 心臓に槍でも刺されたような感覚を覚え、ジニは取り乱し、目をかっ開く。


「セオドア……! お前、ウォルジーのことが好きなのか……?」

「ああ、そうだ。心に留めておくべきとも思ったけど、ウォルジーさんと君が一緒にいるのを見て、そんなこと言ってられないと感じたからね。ハッキリと言わせてもらう。僕は、ウォルジーさんのことが好きだ」

「マ、マジかよ……」


 迷いなくそう言い切ったセオドアの顔は、どこか凛乎としていた。


「……口に出したら、スッキリしたな。まあともかく、そういうことだ。ウォルジーさんは慈愛に満ちた素敵な人で、僕には勿体ないくらい魅力的だけど、君が彼女の恋人でないのなら遠慮なくアプローチが出来る。本当に、よかった」

「…………っ」


 言いたいことはたくさんあるはずなのに、ジニの頭は語彙を失い、ただ口をパクパクと開閉させることしか出来ない。


「じゃあ、悪かったね、こんな話に付き合わせて。次に会う機会があったら、その時はまたよろし──」

「…………ま、待て!!」

「ん?」


 踵を返そうとするセオドアに向かって、ジニはやっと喉から絞り出した声で呼び止める。


「待て待て待て! おっ、お前がウォルジーのこと好きなのは分かったけどなぁ! 俺だって……! お、俺だって、アイツのこと…………す、好き、なんだよ…………」

「……!」


 口にしたその言葉に緊張し、ジニは尻すぼみになりながらも、己の気持ちを露わにした。

 

「……本当か、それは?」


 セオドアは眉を顰め、はたと足を止める。


「こんな時に、嘘なんか付くかよ」

「ふぅん、そうか……。じゃあ、君は僕の恋敵(ライバル)ってことなんだな」

「あ……ああ、そうだ!」


 額に汗を滲ませ、ジニはセオドアの顔を見据えた。

 すると、セオドアは刺すような鋭い視線をジニに浴びせ、口を開く。


「なら、エラ君。お互いに遠慮はなしだ。正々堂々、勝負をしようじゃないか」

「勝負……? それって、ウォルジーをかけるってことか……?!」

「他に何がある? 君と僕、どちらがウォルジーさんに振り向いてもらえるか……。ただその事実をハッキリさせるため、闘うんだ」

「…………っ!」


 ジニの額から滲んでいた汗が、今度はぶわっと吹き出すような感覚を覚える。

 

「どうした? まさか、怖気付いたんじゃないだろうな? まあ、無理もないか。君、真剣な勝負なんて得意じゃなさそうだもんな」

「んなっ?! な、なんだとおお!!!!」


 冷ややかな声色で紡がれたセオドアの挑発に、先程まで気圧され気味だったジニは一転、頭の血管がブチ切れるほどの怒号を上げた。


「だーれが怖気付くか!! いいよ、やってやろうじゃねぇかよ!! セオドア!! 後で泣いても後悔するなよ!!」

「泣かないさ。だって、勝つのは僕だから」


 セオドアは意地悪く口角を上げ、細めた目でジニを睨む。


「言ってくれんじゃねぇかよ!! 俺だって、お前にぜってぇ勝ってやるんだからな!!」

「精々、吠えていてくれよ。僕は敗けない」

「いや!! だから、"俺が勝つ"っつってんだろうが!!」

「いいや、僕だ。君のような人に敗けるはずがない」

「俺だ!」

「僕だ」

「お・れ!!」

「ぼく」

「おれ──……!」


 …………


 ………


 ……



 子供のような主張の張り合いはようやく鎮まり、二人はハアハアと肩で息をする。


「……ふん。まあ、お互い頑張ろうじゃないか」

「……おう」


 ジニとセオドアは、互いに音が鳴るほど激しく火花を散らし、敵に背を向けその場を去っていった。




 ****




「くそう、くそう、くそーーーーうッ!!!!」



 ウィノア市の隣、自宅アパートメントのあるノックリーズ市まで帰ってきたジニは、先程の出来事を思い出し憤慨していた。

 路面電車から降りるなり大声で叫び、夜空を仰ぐ。


「何なんだよ、アイツ!! いきなり現れてウォルジーが好きだとか俺のことを恋敵(ライバル)だとかヌカしやがってよ!!」


 今更になって沸々と湧き上がる怒りの感情に、ジニの歯軋りは止まらない。

 そして気が付けば、灯りがポツポツと灯る運河沿いの道を歩き、自宅へと辿り着いていた。


「んだあっ!!」


 部屋の照明を付けると同時に鞄を投げ捨て、ジニはベッドに倒れ込む。

 布団に包まれ少しだけ冷静さを取り戻すと、今度は自分の発言が頭に蘇ってきた。



『いいよ、やってやろうじゃねぇかよ!! セオドア!! 後で泣いても後悔するなよ!!』


(……勢いで勝負するとか言っちゃったけど、それってつまり、俺が敗けたらウォルジーがセオドアの彼女になるってことだよな……)



 ジニはマーシアに恋をしてから今まで、彼女が他の誰かの恋人になるかもしれないなどとは、考えもしていなかった。


 失念していたのだ。

 自分と話しをしているマーシアが、あまりにも楽しそうに、無邪気な笑みを見せてくれるから。

 以前よりも、自分の横でリラックスしてくれているように思えていたから。


 心のどこかで、いつかは彼女と恋人になれると思っている節が確かにあった。


「考えてみたら、ウォルジーが俺のことを今どう思ってるのかは、全然分かんねぇんだな……」


 マーシアの自分に対する想いは、ベル(いぬ)に似ていて愛おしいと言われて以降、聞いていない。

 

 先日、二人きりで出かけてくれたのだ。

 嫌われているなんてことはないはずだが、かと言ってマーシアが自分に対して特別な感情を持っているのかとなると、これまた何とも言い切れない。


 如何せん彼女が温情に溢れる人物なものだから、ただ不憫な自分を憐れみ、行動を共にしてくれている可能性だってあったりするのだ。


 恋心など一切なく、只々自分に対する同情心のみで。


「…………ヤダ!! それだけは絶対ヤダ!!」


 一番最悪のパターンを思い浮かべてしまい、ジニは枕に顔を埋める。



(……でも、本当にそうだったとしても、どのみち俺はもう、セオドアに絶対勝つって宣言してるんだ。そんで、その気持ちはアイツも同じ……。マジで腹括らねぇと、俺はこの先、ウォルジーと付き合える可能性すらなくなる……)


 

 マーシアの笑顔が、再び頭をよぎる。

 花が咲いたような、柔くて愛しい笑顔。

 

 その笑顔が、今後自分に向けられなくなるかもしれないのだ。

 そしてそれは、自分ではない、他の誰かに向けられて──。



「…………」



 先日のブルスバリーでは、夜景を見ようとも言い出せなかった。

 あの時、一緒に夜景を見て、マーシアに想いを伝えていれば。彼女の想いを聞いていれば。

 もしかしたら、今頃セオドアに彼女の恋人は自分だと、きっぱり言い放つことが出来ていたのかもしれない。


 だが、そんな後悔をしてももう遅い。


 ジニは、ベッドから起き上がった。



「……ごちゃごちゃ考えてても、しかたねぇな」



 彼は、ようやく覚悟を決めたのだ。


 マーシアが、自分のことを想っていようといなかろうと、自身の気持ちを伝えるのだと。

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