17話(56話) 火花散る挨拶
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「いやー! ありがとさんね! この薬があれば、肩も腰も一発で痛みがなくなるんだよぉ!」
セオドアは、配達依頼主の女性ボニー・ベネットの元へ辿り着き、無事に薬を手渡すことが出来た。
こうして役目を終えた彼は、配達を終えたらすぐに帰路につくはずだった。
ハイネ・カンパニーを見るまでは。
(決して……決して、彼女をつけ回すわけじゃないぞ……! 彼女がどんな会社で働いているのか、ほんの少し、敷地内を確認するだけだ……!)
セオドアは自身の行動に言い訳をするようにそう言い聞かせ、来た道を戻ると、再びハイネ・カンパニーの目の前にやってきた。
何気なく腕時計の時間を確認すると、現在夕方の十七時ちょっと過ぎ。
すると、急に建物外から人の声がし始めた。
「今日は早く上がれたな!」
「ああ、ラッキーだったぜ!」
「……〜〜ッ!!」
仕事終わりの時間と重なってしまったらしく、開発部員が数名、入り口に向かって歩いてくる。
セオドアは心臓を飛び上がらせると、反射的に道の反対側へ駆け、電信柱の陰から会社を覗く。
(あ、危なかった……。もう少しで、誰かに見られるところだった……)
セオドアの全身からは、汗がだくだくと流れ出る。
だが、仕事終わりということはマーシアもその内社屋から出てくるのではないか。
そんな思いも、頭をよぎる。
(……いや、敷地を確認するだけだ! そう、どんな会社か! ただそれだけ!)
セオドアは邪念を取っ払うかの如く、頭を左右に激しく揺さぶった。
と、その時。
(……あっ)
揺れる景色の先に、マーシアを見つけた。
涼しげに髪を結い、水色と白色のストライプ模様のサマーワンピースを着た彼女が、塀の入り口から出てきたのだ。
(……っ)
「綺麗だ」。
真っ先に、そう思った。
セオドアの心臓は、たちまち握り潰されるような痛みを覚える。
(どうする……? やっぱり、話しかけるべきなのか……? どのみち、偶然ここへ来たことに違いはないんだ。それを理由に、何とか……)
話しかけたいような、けれども見ているだけでいいような。セオドアの複雑な感情が、胸中で渦巻く。
だが、そんな迷いは次に目にした光景によって、全て吹き飛ばされるのであった。
「ウォルジー!!」
(?!)
明るい髪色の少年が、大声でマーシアを呼んでいる。
その容姿はどことなく軽い雰囲気を漂わせており、マーシアとは不釣り合いに見えた。
(……な、何だ、あの男は……。馴れ馴れしくウォルジーさんを呼んで……)
セオドアは、思わずキッと少年を睨んだ。
その刹那、気付いたことがある。
(待てよ? 彼、どこかで見覚えがある。あの髪色、あの目の色……)
直近の記憶を掘り起こし、辿り着いたのはあの日のことだった。
(そうだ! 彼は、ウォルジーさんの家にいた……)
と、言うことは──?
セオドアの背筋に、悪寒が走る。
気が付けば、彼は二人の元へずんずんと歩み寄っていた。
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「──ウォルジー! なあ、聞いてくれよ! 俺さっ、今日すっげぇいいもの仮開発しちゃった!」
ジニは、ルンルンとご機嫌な調子でマーシアに話をしているところだった。
「まあ、うふふ。一体、どんなものをお作りになられたのですか?」
「へっへん! 聞いて驚くなよ? 実は、こないだの"折り紙"を進化させた──」
「……ウォルジーさん!」
「へっ?」
突然何者かに話を遮られ、ジニはポカンと口を開け、声のしたほうに顔を向ける。
「ウォ、ウォルジー、さん……」
向いた先には、黄緑色の髪をした少年が息急き切った様子で佇んでいた。
「トヴェイト様!? どうして、こんなところへ……?!」
マーシアは随分と驚愕した様子で、目を丸く見開いた。
「たまたま、この近くの家に薬を届ける用があってね……。それで、ここまで来たんだ。そ、それよりウォルジーさん……。その、隣にいる彼は、ウォルジーさんとどういった関係で?」
「はあっ!? な、何だよ、突然!?」
口角を引き攣らせながらも必死で冷静を保つセオドアに向かって、ジニは大口を開けた。
「こちらは、同期のジニ・エラ様です。魔法道具を開発される部署に所属しているのですよ」
「そう……同期なのか」
マーシアに紹介されながら、ジニはセオドアを訝しげに見つめる。
「……あっ!」
そして、セオドアのその特徴的な髪色から、すぐにあの日に邂逅した人物だと思い出した。
「お前! あん時の魔法調薬師見習いか!」
「ああ、そうだ。ところで君は、エラ君と言うのか。なあ、エラ君。どうしてあの日、君はウォルジーさんの家にいたんだ?」
セオドアは顔を顰めに顰め、敵意ムンムンでジニに問いかける。
「そんなの、ウォルジーを家まで送り届けたからに決まってんだろうが! って……! おいっ、何でそんなに睨むんだよ!!」
セオドアから向けられる敵意を察知し、ジニも思わず戦闘態勢に入る。
何で彼に敵と見なされているのかは、全く理解出来ないままに。
「も、もしかして、お二人とも緊張されていますか? 大丈夫ですよ、私達は皆、同年齢ですから。どうか気張らずに、お話を……」
険しい顔をするジニとセオドアを交互に見遣り、マーシアはオロオロと言葉を発する。
「ほー!! 同い年か!! そりゃあ、お前とは仲良くやっていけそうだなぁあ!!」
「そうだな。僕は、セオドア・トヴェイト。よろしく、エラ君」
「そーーですか!! ああ、よろしく!! セ・オ・ド・アくん!!」
ジニとセオドア。
挨拶を交わした割に、互いを見据えるその目付きは、まるで獲物を狙う蛇のように爛々と殺気付いていた。
そんな折、セオドアはマーシアのほうを向くと、平静を保った声色で彼女に話しかける。
「ウォルジーさん。エラ君と仲良くなった記念に、もう少し彼と話をしたい。遅くなりそうだから、先に帰っていても大丈夫だよ」
「はあぁーーッ?! な、何言ってんだ、お前ぇ!!」
セオドアはジニの叫びなど物ともせず、真顔でマーシアにそう告げる。
「よかった、仲良くなられたのですね……! ふふっ、せっかくの機会ですから、お二人でゆっくりと語り合ってください。では、お邪魔してしまっては悪いので、私はこれで……」
「あ゛ーーッ!? ちょっ、ウォルジー!?」
マーシアはセオドアの言葉を間に受け、二人ににこやかに挨拶すると、安堵した表情で去っていってしまった。
「ありがとう。ゆっくりと語らせてもらうよ、ゆっくりと……」
マーシアの背中を見送ると、セオドアは禍々しいオーラを放ち、ゆっくりととそう呟いた。
「さあ、エラ君」
「ひっ……!」
セオドアからただならぬ殺気を感じ、ジニは身体を震わせ跳び上がる。
「話をしようか。ウォルジーさんのことについて」




