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16話(55話) 苦悩と期待

 セオドアが魔法調薬師を目指すのは、高給取りになりたかったからだ。


「では、元々トヴェイト様は、魔法調薬師を目指されていたわけではないのですね」

「うん。僕、五歳下の妹がいてね。アイツを……ヘレナを大学に行かせてやりたいんだ」


 セオドアの家族は、彼に加え父と母、それに五歳年下の妹ヘレナの計四人。

 贅の限りを尽くせるほど裕福ではないが、食べるものに困るほど困窮してもいない、至って普通の家庭出身だ。


 ただし彼の父の経済力は、息子を大学に進学させるとなると、中々厳しいものがあった。

 どうしたって、大学は金がかかるのだ。


 セオドアは、本当は大学に行きたかった。

 大学に行って経済を学び、安定した職に就きたかった。それは、魔法使い専門の職業である魔法職でなくとも構わない。

 安定した仕事をし、普通の暮らしが出来ればそれでよかった。


 けれど、大学に行けない以上、もうそんな悠長なことは言っていられない。

 高等学校を卒業するまでに、何としても就職先を見つける必要があったのだ。


「そんな時、ここの魔法薬屋の先生が、弟子を探してるって話を聞いて。それで、すぐに飛んできた」


 話を聞いた際、セオドアは瞬時に考えた。

 魔法調薬師は年々人手不足が続いているためか、中々実入りの良い仕事だと聞く。

 しかも、今回弟子を募集している魔法薬屋は高級住宅街の近くの立地。より儲けも多いはず。

 なら、自分が魔法調薬師になれば、実家に仕送りをして、ヘレナを大学に行かせるための金を工面出来るのではないか。


「ヘレナは、昔から魔獣医師になりたいって言ってたんだ。魔獣医師を目指すだなんてなると、独学というわけにもいかないだろう? だから、専門の大学に行って、確実な知識を学ぶのが一番だと考えたんだ」

「それで、ヘレナ様のために魔法調薬師になることを決意されたと」

「そう。でも、決して妹に縛られてるなんてことはないよ。元々僕は、お金が大好きだから」

「まあっ、ふふ……」


 冗談を言えるほど、セオドアはマーシアと打ち解けた。

 自分の冗談にマーシアが微笑むと、セオドアは胸の奥にむず痒い感覚を覚えた。


「そんなわけで、僕はガナイ先生に頼み込んで弟子になり、今は来年の試験に向けてコツコツと勉強をしてるってことなんだ。まあ、健全な理由じゃないのは分かってるけどね……」


 セオドアは、自嘲気味に口角を上げる。

 その時、マーシアがふいに口を開いた。


「ですがどんな理由であれ、トヴェイト様が魔法調薬師になりたいという事実は変わりません。私は素晴らしいと思います。どうか、胸を張ってください」

 

 そう言う彼女の顔は真剣そのもので、それを見たセオドアの心臓は、確かな高鳴りをみせる。


「……ありがとう」


 それだけ言うのがやっとだった。

 心臓が熱い。顔も身体も、火を吹くように熱くなるのが分かった。



「お待たせしたね。咳止め薬、完成したよ」

「まあっ、ありがとうございます!」



 そんな折に、ひょっこりとジェームスが戻ってきたため彼女との会話は終了した。


 とんとんと会計が終わり、セオドアとマーシアは店の扉を開け、外に出る。


「じゃあ、気を付けて……。お大事に」

「はい、ありがとうございます。トヴェイト様、お勉強頑張ってくださいね」

「……うん……」


 最後に優しく微笑んだマーシアの顔は、今でもセオドアの記憶にしかと残っている。


 マーシアがもらって帰った咳止め薬の量は一週間分だが、腕の良いジェームスが作った薬なのだから、その症状は一週間も経たないうちに治まるに違いない。


 そうなると、マーシアはもう魔法薬屋ここに来る用がなくなる。

 彼女の家と店がそう離れていないゆえ、道ですれ違うことくらいはあるかもしれない。

 だが、明確な目的を持って出会えることは、まずないだろう。


 それに気付いたセオドアの心には、ぽっかりと穴が空く。


「はあ……」


 だが結局は、一日のほんの僅かな時間を共に過ごしただけの人物だ。すぐに忘れられるだろう。

 心のどこかでは、そう思っていた。



 ────



「……ウォルジーさん……」



 そして、現在。


 セオドアは、マーシアのことを忘れたか?

 否、一日たりとも思い出さないことはなかった。


(あれから、もう一ヶ月以上も経ってるんだぞ? いい加減、彼女のことは忘れるんだ……)


 そして、セオドアは再び魔法薬の専門書を手に取り、無理矢理月光樹の記述に集中していく。


 試験勉強をしている間だけは、マーシアのことを忘れられる。

 そのためこの一ヶ月、良くも悪くも勉強が捗って仕方がないのだ。


(……何をやってるんだろう、僕は)


 ふと心の虚しさに気付き、セオドアは自らの額に手を当てると、目線を逸らし窓の外を見つめる。

 

 真っ暗な空には、穏やかな光で人々を包み込む、大きな満月が浮かんでいた。




 ****




「セオドア君。悪いんだけど、ちょっとお使いを頼まれてくれないかな?」



 その日、セオドアはジェームスに同じウィノア市内の民家に薬を届けに行くよう頼まれた。

 何でも、依頼主が家を引っ越したばっかりに、度々ジェームスの店で買っていた腰痛と肩凝りに効く薬が買えなくなってしまったのだそうだ。


「長年贔屓にしていてくれた人だからさ。『届けてくれないか?』って電話で聞かれて、つい、いいですよーって言っちゃって……」


 安請け合いをしたことに申し訳なさを覚え、ジェームスはおずおずとセオドアに事情を説明する。


「まあ、別に構いませんけど……。この住所だと、路面電車で向かう必要がありますね」

「そうだね。少し遠いけど、大丈夫?」


 セオドアは軽く息を吐き、ジェームスに返事を返す。


「平気です。ただ、交通費はきちんと出してくださいよ」

「あはは……勿論だとも。ありがとう、では、よろしくね」



 そしてセオドアは路面電車に乗り、依頼主の元へ向かったのである。



 セオドアの降りた停留所付近には、赤煉瓦で出来た建物が多く立ち並んでいた。

 ベルナ・ストリート周辺とはまた違う、のんびりと落ち着いた雰囲気を感じる。


「……えーと、ベネットさんの家は、こっちのほうか……」


 セオドアはぶつぶつと独りごちると、顰め面をしてジェームスに描いてもらった地図を眺める。

 方向を確認すると、ひとまずこの先の道をまっすぐ進めばよさそうだ。


(随分大きな建物だな……。何かの工場か?)


 ふいに、道なりにある煉瓦造りの塀の向こう側の建物を仰ぎ見た。

 塀の入り口には、【ハイネ・カンパニー】と書かれた看板が設置されている。


「……ハイネ・カンパニー?!」


 セオドアは、この会社名に聞き覚えがあった。思わず素っ頓狂な大声を上げる。



『──魔材調達?』

『はい。ハイネ・カンパニーという会社に、魔材調達部という各開発部の皆様のために魔材を調達する部署があるんです。私はそこに所属しています』



 ありありと、あの日のマーシアとの会話が思い起こされる。

 彼女は確かにあの時、目の前にある会社と同じ会社名を口にしていた。


「……じゃあ、今……ウォルジーさんが、ここに?」


 ウィノア市内にある、ハイネ・カンパニー。

 十中八九、マーシアはここに勤めているのだろう。

 セオドアの胸が、キュッと音を立てた。

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