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15話(54話) 運命の出逢い

 要するに、セオドアは完全なとばっちりで強引に急患の元へと連れてこられたのだ。


 そしてマリリアンヌに案内され、ジェームスと彼は患者の家へ上がった。


「おばさん。俺、ちょっとウォルジーの食いもん買ってくる」


 室内には自分と同じくらいの年頃の少年がいたが、すぐに外に出ていってしまった。


 テラコッタ色の明るい髪に、三白眼の鋭い目。

 ほんの一瞬すれ違っただけのため、セオドアが彼に特段それ以上の印象を残すことはなかった。



「ガナイ先生、この子が患者のマーシアちゃんだよ」



 二階へ上がると、マリリアンヌがベッドで眠るマーシアを手で差し示す。


「おや、ひどい高熱だ。これじゃあ、相当辛かったろう。今、診てあげるからね」


 ジェームスはマーシアの額に手を当てそう言うと、今度は彼女の身体を手でかざして探索の魔法(エシャルース)を使い、鼻腔や喉に膿や腫れがないか、心拍数に乱れがないかなど隅々まで探っていく。


(この子も、僕と同じくらいの年の子だな)


 診療するジェームスの後ろから、セオドアはマーシアに目をやる。


 ふわりとした黒髪の少女。苦しそうにうなされているが、どことなくその面持ちからは気品が溢れている。不謹慎ながら、そう思った。


「よかった。症状は、至って普通の夏風邪だ。これなら、持ってきた薬で充分だ」


 マーシアの身体を診終えたジェームスは、安堵の声を出す。

 そして、持参した引き出し式のトランクケースを開けると、中から茶色の小瓶を取り出した。中に入っていたのは、黒々とした丸薬だ。


「これは即効性の高い薬なので、飲めば数十分ほどで効果が回ってくるでしょう。熱もだいぶ引くと思いますよ」

「本当かい!? そりゃあ、よかった!」


 マリリアンヌは嬉しそうにニカッと歯を見せ笑った。


「薬を飲ませるから、セオドア君。少しだけ彼女の頭を持ち上げてもらってもいいかい?」

「はい」


 セオドアはベッドに寄ると、ジェームスの指示通りマーシアの首と頭を支え、顔を起こした。


「……うん、これでよし。ひとまず、この後は様子見でお願いします。それと、彼女に出した薬の処方箋と代金についてなんですが……」



 ──その後、マリリアンヌはジェームスに薬代を支払い、急遽作成してもらったマーシア用の処方箋を受け取った。



「ガナイ先生、それにお弟子さん。どうもありがとね。さっ、店まで送ろうじゃないか」

「あ、じゃあ、タクシーとか呼んでもらっても……?」


 ジェームスが遠慮がちな声色で言ってしまったせいか、マリリアンヌは哄笑し、くいっと自らの腕を二人に見せつける。


「なーに、遠慮するこたぁないさ。アタシと飛んで帰ったほうが早いんだから。ほら、行くよ!」

「え……? わ、わー!!」


 結局、二人はマリリアンヌに掴まれ、星の道を辿って店まで帰った。


 この日のセオドアの記憶はマリリアンヌに全て持っていかれ、ジニのこともマーシアのことも、すっかり頭から抜け落ちてしまった。



 だが、それから数日後のことである。



「こんにちは、あの……」


「……君は、確か……」



 店の外に出ていたセオドアは、見覚えのある黒髪の少女に声をかけられた。

 マーシアの起きている顔を見ていたわけではないが、その佇まいと身にまとう気品から、あの時の少女と同一人物だと、瞬時に脳が理解した。


「先日は、どうもありがとうございました。眠ってしまっている間に、とてもお世話になったそうで……」

「わざわざお礼を言いに? けど、僕は見習いです。お礼を言うのであれば、中にいるガナイ先生の元へ。さ、どうぞ」


 セオドアはマーシアに向かって淡々とそう言うと、扉を開け、彼女を中に引き寄せた。


「ガナイ先生、隣人の方からお聞きしました。その節は、本当にありがとうございます」


 マーシアはジェームスに向かい、深々と礼をする。


「いいえ、どういたしまして。その後、調子はどうだい?」

「まだ少し咳が残っていますが、お薬のおかげで随分と良くなってきました」

「おや、まだ残っちゃってるか。もしよかったら、また薬を出せるけど、どうだろう?」

「まあ、本当ですか? 実を言うと、風邪の影響で数日仕事のお休みをいただいていて、万全な状態で復帰したいと思っていたんです。ぜひ、お願いいたします」


 マーシアはホッとしたように表情を和らげた。ジェームスは、早速咳止め薬を取りに薬棚へ向かう。


 ところが、彼は棚を探り眉根を寄せた。


「……あらら? セオドア君、ここの棚に咳止め薬の常備置いてなかったっけ?」


 いつでも患者に渡せるよう、常備しているはずの薬が見当たらない。困惑し、ジェームスは薬瓶を掻き分け、しらみ潰しに棚の中を探る。


「ありませんか? 確かに、そこに置いているはずですが……。あ、もしかして、先日ヒルトンさんへ処方して以降、調薬を怠っていたのでは……」

「あー!! そうかも!! というか、そうだ!!」


 全てを思い出し、ジェームスはあんぐりと口を開けた。


「ウォルジーさん、申し訳ない! 常備薬を切らしてしまっていたので、即刻調薬させてもらうよ! 少しだけ時間をもらっても平気かな?」

「はい、私は大丈夫です。お手数おかけしてしまって、すみません」

「いやぁ、切らしてたこっちが悪いからね。ごめんよ、もう少し待ってて」


 そう言うと、ジェームスは足早に奥の部屋に向かい、薬を作りにいってしまった。



 セオドアとマーシア。

 二人だけ残され、少々気まずい空気が流れる。


(……僕も、二階へ行っていようかな。そこの椅子に座って待っていてもらえば、後はガナイ先生がこの子に薬を渡してくれるだろうし……)


 決して人見知りな性格ではないのだが、セオドアは必要以上に人間関係を紡ぐのが苦手だった。

 それがたとえ、同じ年頃の少女と同じ部屋にいるのだとしても。彼にとってはジェームスの患者の一人にしか過ぎない。

 そのため、自分が過度に彼女に構うことはないと考えていた。

 

「あのぅ……。先程、見習いをされているとおっしゃっていましたが、それは、あちらのガナイ先生の元で、魔法調薬師のお仕事を学ばれているということなのですか?」

「え゛っ……?!」


 が、そんなセオドアの思惑など知るはずもなく、マーシアは彼に何の気なしに話しかける。

 セオドアも突然のことに驚愕し、思わず目を見開いてしまった。


「ああ……まあ、そうです」

「やはり、そうでしたか。一体、どんなことをされて?」

「はあ……」


 魔法薬屋に入るのも初めてだった好奇心旺盛なマーシアは、案の定魔法調薬師という未知の仕事に興味を持った。

 マーシアの瞳から迸る眩い光に困惑しながらセオドアは渋々と口を開き、彼女の質問に答えていった。



 ****



「──まあ。それではトヴェイト様は、来年の九月に誕生日を迎えられて、ようやく魔法調薬師の試験を受けることが出来ると……」

「そう、試験を受けられるのが十八歳(せいじん)になってからでね。そこで試験に合格すれば、僕は晴れて堂々と、魔法調薬師を名乗ることが出来るんだ」

「試験は、難しいのですかね……?」

「どうなんだろう。ガナイ先生からは、『魔法薬の本を数冊分頭に叩き込んで臨めばいける』なんて言われたけど、ああ見えてあの人、頭が良いから。そんなことだけじゃ、受かりはしないと思うな」


 気が付けばすっかりマーシアと話し込み、セオドアの口調も年相応に砕けていた。

 穏やかな彼女との会話が、存外心地良かったのだ。


「だから、僕は毎晩資格取得のために勉強してるんだ。絶対に、試験に合格するために……」 

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