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14話(53話) セオドアという少年

ある少年のお話です。

 ──それは、マーシアの住むベルナ・ストリートより徒歩十五分ほどの位置にある、魔法薬屋だった。


 煙突から紫色の煙がもくもくと上がる、いかにも魔法使いがやっている怪しさ満点の薬屋……などということはなく、見てくれは至って普通の、高級住宅街に上手く馴染む煉瓦で出来た外観の薬屋だ。


 店を切り盛りする人物は、ジェームス・ガナイ。

 まだ三十代という若さで数年前に自らの師匠から店を継いだ、温和で腕の良い魔法調薬師である。


「ふあ〜あ」


 視界が見えているのか疑問に思うほど分厚いレンズの眼鏡を外し、ジェームスは眠たい目を擦る。 

 ふと壁にかかった時計を見れば、もう夜の二十二時過ぎ。日がな一日働いた彼にとって、ちょうど今が疲れの押し寄せる時間帯だ。


「よーし、終わった終わった」

 

 ようやく帳簿を書き終えたジェームスは、棚に帳簿をしまうと、静かに店の階段を上る。

 そして、二階にある部屋の扉の前に立つと、その中にいる人物に向かって軽くノックを二回した。



 …………



 中からは、何の返事も返ってこない。

 ジェームスは真顔でもう一度ノックをした。



 …………



「…………」



 またも、返事が返ってくる気配はない。

 ジェームスは諦めたように溜め息を吐くと、ゆっくりと扉を開けた。


「……セオドア君、セオドアくーん」


「……ルタ草は、睡眠作用を含んだ薬草で、主に睡眠薬を作る場合に使用される。だが、その作用は僅か葉一枚分で成人を一週間眠らせてしまうほど強力なため、使用する場合は乳児の人差し指の爪ほどの大きさに葉を切り、細心の注意を払うこと……」

「…………」


 セオドアと呼ばれた少年は、机に置いた難しそうな本と睨めっこをしている。

 ジェームスの呼びかけには、全く気が付いていない。


「セオドア君、セオドア君、セオドア君」


「病気、ないし怪我に有効成分のある木の実は、他の薬草の根や皮と共に煎じ、煎薬にして使用する。従来の方法では煎薬の保存は二、三日が限界であったが、近年では冷蔵庫の誕生を受け、七日から十日ほどの長期保存が可能となっている」

「………………」


 セオドアは、これでもかというほど気付いてくれない。

 悲しくなったジェームスは深呼吸をし、強行手段に出た。



「……()()()坊ちゃん!」


「ッ!! その呼び方はやめてください!!」



 ジェームスの声に条件反射で反応し、セオドアは音を立てながら、ものすごい勢いで後ろを振り返る。


「……あれ? ガナイ先生、いつの間にここへ?」


 黄緑色の髪を揺らし、セオドアはきょとんと顔を顰めた。


「いや、うん……いいんだ、はは……。それより、セオドア君。もう二十二時過ぎてるよ。勉強は終わりにして、今日はゆっくり休んだらどうだい?」

「……本当だ、いつの間に……。ですが、この後はまだ、月光樹の花の治癒効果についてと、ホオズキの魔法薬との親和性について調べようと……」

「そんなの、明日でもいいでしょ。どうしたんだい、最近? 何だか、前以上にがむしゃらに勉強しているみたいだけど」

「……!」


 ジェームスの問いかけに、セオドアは言い淀み、口を噤んだ。その顔は、どことなく気色ばんでいる。


「い、いえ……。そんなことはありません……」

「そうかい? そんなことはないと思うけど……」

「ありません、と言ったらありません!!」

「うぅん……そ、そう……?」


 ジェームスは納得いかなそうに眉尻を下げるが、当人に言い切られては仕様がない。

 渋々、それ以上の追求をやめた。


「……じゃあ、僕はもう休むよ。くれぐれも、夜ふかししすぎないようにね」

「はい……お休みなさい」


 セオドアを一瞥すると、ジェームスは静かに扉を閉め、自室へ向かっていく。


「…………」


 セオドアは拳を握りその場に立ち尽くしていたが、やがて徐に動き出すと、ドカリと椅子に座った。



(……だって、仕方がないだろう……。勉強でもしていないと、どうしたって()()のことを考えてしまうんだから……)



 セオドアは半ば自分に言い聞かせるように、何度も「仕方がない」と脳裏で呟く。


 だが、そんなことを呟いてしまったばっかりに、彼女の声がたちまち頭に響いてくる。



『トヴェイト様』


「…………っ!」



 グッと顔を顰めると、セオドアは頭を抱えた。

 考えないようにしていたのに。

 何故なら、ひとたび思うと彼女の声が、笑顔が、憎らしいほどに頭に浮かんでならないから。


「…………」


 悲痛の面持ちで机に頬杖を付き、彼はそのまま項垂れた。

 

  

 ────



 この、セオドア・トヴェイトという少年。

 先月末に、彼はある少女と運命の出逢いを果たす。



 それは、その日の営業を終え、セオドアが店の看板を店内にしまおうと外に出ていた時のことだった。

 

 

 ──ズドオオォンッ!!



「!?」



 突然、目の前でもの凄い轟音を立てる地響きが起こった。


 爆撃、あるいは隕石の落下かと思うほど激しいそれに、セオドアは咄嗟に両手を頭に置き、屈んで身を守る。



「邪魔するよ!」



 しかしどういうわけか、屈む彼の頭上から、太く勇ましい声がする。

 恐る恐る顔を上げると、そこには筋骨隆々の大柄な女性が佇んでいた。マリリアンヌである。


「い、今の地響きは、あなたが……?!」

「ああ、そうさ。しかし、今はそんなことどうでもいい。な、アンタここの魔法調薬師の先生だろ? この近くの家に急患がいるんだ。今すぐに、魔法薬を用意してくれないかい?」

 

 マリリアンヌは、気迫充分にセオドアを見つめる。


「は、はあっ?! ちょっと待ってください! 急に言われても話しが読めませんし、それに、僕は魔法調薬師じゃない……。まだ、先生の弟子で見習いの身……」

「おや、そうなのかい。じゃ、先生は中にいるってことか」

「え? いや、いますけど、今日の営業はもう終わって……って、ちょっと!!」


 困惑するセオドアが話を言い終える前に、マリリアンヌは店の扉を開け、豪快に押し入った。


 中にいたジェームスは、突然目の前に現れたムキムキのレディに頭がついていかず、一つ指で顎を掻いた後、徐に言葉を発した。


「……あー、お客さんですか? 悪いんですけど、今日はもう店じまいをしてしまって……。また明日来てくれ……うわーー!!」

「つべこべ言わず、急患のために薬を用意しておくれ」

「ガッ、ガナイ先生ー!!」


 マリリアンヌに片手で掴まれたジェームスは、わたわたと足をバタつかせ、宙に浮かぶ。


「ででで、でも……! 用意しろと言われても、患者さんがここにいないことには容態が何も分かりませんから、処方の仕様がありませんよぉ!」


 空中で悶えながらも、ジェームスは必死にマリリアンヌに向かってそう訴えた。

 

「あ、そっか。じゃあ、()()()()()しかないんだね、あっちに」

「はい?」


 ジェームスを掴む手を離すと、マリリアンヌはポンと拳を叩き、何かに納得した様子を見せる。


 そして、ジェームスとセオドアは訳も分からぬままマリリアンヌに往診用のトランクを持つよう指示され、あれよあれよと気付いた時には彼女の腕に抱えられていた。

 


「……あの、これは一体……?」

「今から、ちょっと飛ぶよ。アンタ達、衝撃に備えておくれ」

「ととと、飛ぶ?! なに、魔法で?!」

「とんでもない。()でさ」

「さ、さっきから何を言ってるんだーー!!」


 理解に追いつかないジェームスがワンワンと泣き叫ぶと、マリリアンヌは真摯な面持ちで彼を見据える。


「こっちだってねぇ、アンタらに悪いことしてるのは重々承知してるんだよ。けど、今こうしてる間にも、()()()は苦しんでるんだ。頼むよ、先生。アタシと一緒に来て、あの子へ薬を処方してやってくれ」

「……うぅ。それ言われると、弱いなぁ」


 マリリアンヌの言葉に、ジェームスは顔を歪ませ、大きな息を吐いた。

 魔法調薬師の本分として、弱っている人間を見捨てることは出来ない。彼は、決断した。


「分かりました。このジェームス・ガナイ、魔法調薬師として、一緒に患者さんの元へ行きましょう。というかもう抱えられてますし、行くしかないですけど」

「感謝するよ、ガナイ先生」


 そして、二人はマリリアンヌに抱えられ、ベルナ・ストリートの一角まで一直線に飛んでいったのである。 

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