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13話(52話) 大いなる前進

 

 ****




 数日後、仕事終わりのマーシアは、ハイネ・カンパニー製作工房に顔を覗かせていた。



「……カルリエド様……!」

「ウォ、ウォルジーさん……。どうしたの……?」

「カルリエド様。今、お時間よろしいですか?」



 何故なら、ファビオにどうしても伝えなければいけないことがあったからだ。



 二人は先日と同じベーカリー横の椅子に座った。



「……話って、何?」

「はい。先日のお話に誤りがあったので、そちらを訂正しに参りました」

「……? て、訂正……?」


 訳も分からず目を泳がせるファビオに対し、マーシアはポツリと言葉を溢す。


「先日お話をお聞きした際、カルリエド様、おっしゃっていましたよね? 寝ても覚めても、アデル様の笑顔が頭に浮かんでしまうと」

「う、うん……」

「それに対し、私はあなたが潜在的にアデル様とお友達になりたいと思っているのではないかとのアドバイスをいたしました。ですが、それが間違っていたのです」

「え……?」


 ファビオはキョトンと訝しげに眉を顰める。

 マーシアは小さく一息吐くと、彼を見据え、こう言い放った。


「カルリエド様は、アデル様に恋をしているのだと思います」

「……こ、恋……?」


 他人のことながら、心臓がドキドキする。

 マーシアは平静を装い、言葉を続けた。


「恋をすると、ふとした時にその人のことが頭に浮かんでしまうんです。笑ったお顔が愛しくて、ずっと頭に描いてしまうんです……」

「……そ、そ、そんな……」


 ファビオの唇は震えている。

 それがどんな感情を表しているのか、見ているだけでは判断が付かなかった。


「アデル様とお話しがしたかったというのも、彼女に会って会話をし、彼女のことをもっと知っていきたいという、気持ちの表れなのだと思います」

「…………」


 ファビオは何かを考え込むように、黙りこくってしまった。


 

「……俺、今まで友達らしい友達なんて出来たことなくてさ……。だから、友情がどんなものかって、よく分からないんだ……」


 

 そして、彼はゆっくりと寂しげに言葉を紡ぐ。


「まさか、ブラウナーさんに抱く感情が、恋愛感情だなんて思わなかった……。てっきり、俺の中に初めて芽生えた、友情意識なんだとばっかり思ってたから……」

「……カルリエド様……?」


 ファビオはふっと視線を落とす。

 どことなく、その表情には翳りがあった。


「……どうしよう……。俺なんかが、人を好きになっていいわけいけないのに……」

「えっ……?」


 ファビオの衝撃的な発言に、マーシアは思わず息を呑む。


「い、一体どういうことですか? 人を好きになってはいけないだなんて……」

「だって俺、交じり者(バインシー)だよ……? 普通の人間じゃない。蝙蝠としても生きる、気味の悪い、呪われた人間……。そんな奴が誰かを好きになるだなんて、ダメだ……。おこがましいにも程がある……」


 ファビオは俯いたまま淡々とそう話すが、その声色に悲しみが含まれていることは、まるで手に取るように分かる。


「カルリエド様、そんな……そんなことをおっしゃってはダメです。オグデン部長からお聞きしました。あなたは今、少しずつ幸せになろうとしているのだと……。それなのに、自らを貶めるような言い方をなさっては……」


 マーシアはファビオを悲痛の面持ちで励ますが、彼はフルフルと首を横に振った。


「そ、そう言ってくれるのは、嬉しいけど……。でも、仕方ないよ……。俺は、普通じゃな——」



「もーー!! そんなこと言わないでよ!!」


「……?!」



 ファビオがまたも自嘲的な言葉を紡ごうとした時、突然二人の後方から威勢の良い声が聞こえた。


「……!? ア、アデル様!?」


 マーシアが振り返ると、仁王立ちをして下顎を突き出す、アデルの姿があった。


『…………ッ、ッ!!』


 ファビオは、息をするように蝙蝠と化していた。


「アデル様、どうしてこちらに……」

「ただ立ち寄っただけだよ、ここのパン買って帰ろー、って思ってね。けどそしたら、二人がなーんか神妙な顔して話しをしてるじゃない? それで、何かあったのかなーと思ってこっそり聞き耳立ててたら、何と! カルリエド君が、私に恋してるっていうのが聞こえちゃってね!」

『…………!?!?』


 どうやら、アデルはここまでの会話を一言一句全て聞いていたようだ。


「まずはカルリエド君、人間の姿に戻ってもらえる?」

『…………ッ』


 アデルの声色が、何だか怖い。

 ファビオはゾクリと慄き、逆らうことをせず人間の姿に戻った。


 アデルは目を眇めると、蠱惑的な青色の瞳で固まっているファビオを見つめ、口をへの字に曲げた。


「ねえ、カルリエド君。さっき自分のこと、気味の悪い呪われた人間だって言ってたね?」

「い、言いまし、た……」

「そんな自分なんかが、人を好きになるのはおこがましいとも言ってたよね?」

「ははは、はい……」


 アデルの妙な圧に気圧され、ファビオは青ざめながら彼女の問いかけに返事をする。


(こ、この状況は、一体……)


 マーシアには、ただハラハラと彼らを見守ることしか出来なかった。



「……バカァ!!!!」

「ッ!?」



 突如、アデルは叫んだ。


「バカバカバカッ!! 何で、そんなこと言うの!? 勝手に自分は人を好きになっちゃいけないだなんて決めつけて!! 普通じゃないから、ダメだって!!」

「え、え……? え…………?」


 矢継ぎ早に言いたいことを全部言い切ったアデルは深呼吸をし、キッとファビオを睨んだ。


「何も行動しないまま、諦めないでよ! 私は今のを聞いて、私を好きになってくれたカルリエド君のことを、もっとよく知りたいと思ったのに! 好きなら、私に気持ちをしっかり伝えてよ!」

「…………っ!」


 アデルの言葉を聞いたファビオは、唇を結んだ。


「……ほ、本当にブラウナーさんは、構わないの……? 俺が今、あなたに気持ちを伝えても……」

「構わないよ! さあ〜っ、ドンとこい!」

「ひぃっ……!? は、はい……!」


 (おとこ)らしく拳で胸を叩くアデルを目の当たりにし、ファビオは腕を震わせ、覚悟を決めた。



「ブ、ブラウナーさん……。俺、は、初めて会った時から、あなたのことが忘れられなかった……。きっと、一目であなたに惹かれたんだと思う……。だ、だから、その…………」



 声も全身も震えているが、ファビオは自分の気持ちをゆっくりと確実に言葉にしていく。

 アデルは紡がれゆく彼の告白に、静かに耳を傾ける。


「ブラウナーさん……。俺、あなたが好きです。あなたと、もっと仲良くなりたいです……。なので、こ、今度……俺と一緒に、お茶にでも行ってもらえませんか……?」


 ファビオは、今にも卒倒しそうな顔をしている。そんな彼とは裏腹にアデルは歯を見せ、いたく無邪気な顔で彼に微笑みかけた。


「……はい、喜んで!」

「……っ!」


 ファビオは息も絶え絶えに、へたりとその場にしゃがみ込んだ。まだ、告白の返事に現実味が湧いていないようだ。

 

「よかった……よかったです! カルリエド様……!」

「あ、ありがとう、ウォルジーさん……!」


 蚊帳の外からひっそりと祈るようにして両手を握っていたマーシアは、ファビオに拍手を送り、その勇姿を称える。

 何だか、熱いものも胸に込み上げてきた。


「ふふん。じゃあ、カルリエド君……いや、()()()()君! 近々カフェにでも行って、ゆっくりお話ししようか! 君のこと、たっくさん私に教えてね!」

「は、は、はい……!」


 ファビオとアデル。

 二人の関係は思いがけず、トントン拍子で進展した。




 ****




「マーシア、あなたがファビオ君の相談に乗ってくれたおかげで、私達少しずつ仲良くなっていけそうだよ。本当に、ありがとね」

「いいえ、とんでもないです。というよりも、私は本当に、ただ座っていただけのような気が……」


 精々、固唾を呑んで見守るくらいのことしかしていない。

 にこやかにお礼を言うアデルに対し、マーシアは困惑げに返事を返した。


「けど……間違いなく、ウォルジーさんが俺にブラウナーさんへ気持ちを伝えるきっかけをくれた……。ありがとう」


 ファビオはマーシアに向かってぎこちなく微笑み、言葉を続ける。


「一つ聞きたいんだけど……。どうして俺が、ブラウナーさんに恋をしてるって分かったの……?」

「それは……」


 マーシアは地面を一瞥するように目を伏せ、ほんの一瞬だけ口ごもる。

 だがすぐに、気恥ずかしげに口を開いた。

   

「私も、あなたと同じだったからです」

「同じ……?」

「はい」


 ファビオは、マーシアの顔に視線を移す。

 

「…………っ」


 そのはにかんだ表情を見て、ファビオはすぐに、どういうことなのかを理解した。


「そっか……。叶うといいね……」

「ふふっ、はい!」

「えっ、マーシア! それって、ひょっとして——?!」



「おーい! ウォルジー!」



 勘付いたアデルがワクワクとマーシアに問いかけようとした時、高らかでエネルギッシュな大声が聞こえた。


「……! エラ様!」

「やっほ! ウォルジーも、ここでパン買うの? ……って、あれ?! ブラウナーとカルドリルじゃん!? 三人で何してんだ!」


 一拍遅れでアデルとファビオの存在に気が付き、ジニは目を見開く。


「今、三人でお話しをしていたんです。とっても、大切なお話しを」

「ははっ、何だよそれ! どんな話?」

「……ふふっ、それは教えません!」

「おい!!」


 マーシアは、先日ジニが魔法図書館でやったのと同じように口元に指でバッテンを作り、いたずらに微笑んでみせる。

 

「教えてくんねぇってか!? ふーん、そこのお嬢さん、随分と意地悪してくれんじゃねぇかよぉ。いいもんねー!! ブラウナーとカルドリルに聞いちゃうもんねー!!」

「教えないよ」

「……俺も、言えない」

「おい!!!!」

 

 二人の薄情な応対に、ジニは大絶叫した。


「ふふっ、ふふふ……」

「コラ!! 笑ってんじゃねぇーーッ!!」


 自分を見て涙が出るほど笑っているマーシアに、ジニはまたも叫びまくる。


 その後もツボに入り笑いが止まらないマーシアに対し、ジニは満更でもなさそうな顔をしておふざけをしてみせた。

 それによって、マーシアはまた笑い……。

 しばらく、彼女の笑いのツボは治まりそうにない。


 そんな二人の様子を見ていたアデルは、コソッとファビオに話しかける。


「……これは、そういうことだよね?」

「うん……。そうだと思う……」


 二人はもう一度、ジニとマーシアを見据えた。


 彼らは心底楽しそうに笑い合い、その瞳は、互いにどこか愛しげだ。



「……ねぇ、ファビオ君。カフェ、楽しみだね」

「ひゃ……?!」



 何がアデルを突き動かしたか、彼女は小悪魔的な笑みを浮かべ、ふいにファビオの耳元でふわりと囁く。



「ね?」

「は、はい……」


 

 上目遣いに顔を見られ、ファビオは顔中真っ赤にしながらただ頷く他なかった。

 もしかしたら、自分はとんでもない人を好きになってしまったのかもしれない。

 


 こうして、二組の男女はそれぞれ賑やかな時を過ごした。

 関係は積み重なり、少しずつ前へ前へと歩み出す。 



 ただこの後、ジニとマーシア(ふたり)の元にちょっとした波乱が巻き起こるが、それはまた別のお話——


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